5世紀に亘り領地が一族の門外に渡ったことのないドメーヌ、ヴォギュエ

【2013 Chambolle Musigny – Vogue】

ドメーヌの所有畑は婚姻や相続、交換、購入を経ながらも、創立以来5世紀に亘って途切れることなく同一家族に守られている。ドメーヌに名を冠するジョルジュ・ド・ヴォギュエ伯爵は、父アルチュール氏の逝去にともない1925年に家督を引き継いだ。以後50年以上に渡りドメーヌを運営し、今日の世界的な名声を確立した。1987年のジョルジュ氏の逝去後は、一人娘のエリザベート・ド・ラドゥセット男爵夫人が18代目を務める。所有は12.5ha。うちグランクリュが10ha。中でもミジュニィは7.2haと全体の3/4。古区画のプティ・ミュジニーはモノポール。年産わずか3.5万本を世界中の愛好家が分け合う。ドメーヌの評価は1970年代低下したこともあったが、1987年の当主交替の際にスタッフを一新し、かつての栄光を取り戻した。栽培責任者のブルギニョン氏、エノロジストのミエ氏、販売責任者のぺパン氏に分担が分かれ、それぞれが最高質のワイン造りという同じ目的を持って仕事に取り組んでいる。化学肥料は15年前より廃止農薬はリュット・アンテグラルで対応、除草剤は2000年より全面廃止、鋤き入れを行なっている。2001年にはボンヌ・マールで試験的に馬による鋤き入れを採りいれてみた。エノロジストのミエ氏は自らを、「ブドウが楽器だとしたら、自分は個性をひき出す指揮者」と考えており、「ヴィンテージ毎に性格の異なる収穫に普遍的な醸造は有り得ない」と語る。

《追記》
ドメーヌの起こりは1450年ジャン・モワソンが最初の建築物を建立したときまで遡ります。領地は一族の門外に渡ったことはありませんが、1766年カトリーヌ・ブイエがセリース・メルショル・ド・ヴォギュエに嫁ぐまで、女系から女系への継承が続きました。一族はフランス革命の間イギリスに亡命していましたが、なぜかドメーヌは人手に渡さずに済んでいます。ドメーヌの現代史と現行ラベルは1925年に家督を継いだジョルジュ・ド・ヴォギュエ伯爵に始まります。今日ドメーヌは伯爵の孫娘の手にあって、エリック・ブルギニョン、フランソワ・ミエ、ジャン・リュック・ペパンの三頭政治が布かれています。若いうちはワインによっては思いのほか押し黙ったような感じがありますが、しかるべき瓶熟成につれて力量を発揮してきます。ACシャンボール・ミュジニーの大部分は、山ぎわにある「レ・ポルロット」の畑から生まれ、ごく狭いが1級畑「レ・ボード」「レ・フュエ」のブドウも加わっています

【Chambolle Musigny】
ヴォギュエ家のシャンボール・ミュジニー村名格は並大抵の一級格を圧倒する。特級畑や一級畑から格落ちさせたワインも含め、最高のものとなる。尚ドメーヌでは村名から格落ちさせた多量のワインをネゴシアンに売却する。

品種:ピノ・ノワール

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