一人の快楽主義と完全主義から始まった伝説、ウジェーヌ・エメ・サロン

【1999  Salon – Cuvee “S”】

サロンの歴史は、独特のスタイルのシャンパンを造り上げた、快楽主義者であり、完全主義者である一人の人間の物語で、それはいま伝説となっています。ウジェーヌ・エメ・サロンは、ル・メニル・シュール・オジェの東側シャンパーニュ・プイユーズ平原の小さな村ポカンシーで、荷馬車の御者の子として誕生しました。少年の頃彼は、自家栽培醸造家がシャンパンを造る様子を眺めるのが好きで、いつか自分のぶどう畑を持ちたいと夢見ていました。成人しパリで運命を切り開くことを決意したエーメは、毛皮職人として成功し、後に政治家になります

1905年、ついにル・メニルに1haの夢のぶどう畑を購入。彼の目的は、コート・デ・ブランのなかでも最もよく熟成するであろうこのグラン・クリュの畑から、シャルドネだけを使ったシャンパンをつくることでした。最初エメのシャンパンは趣味でしかなかった。彼はそれにラベルを貼らずポカンシーの自宅を訪ねてくる客に提供していました。また彼は、財を築くなかで当代きっての美食家となり、究極の美食倶楽部であるル・クラブ・デ・サンの一員となります。(ちなみに、この倶楽部のメンバーになるには、体重が100kg以上なければならないという噂もありますが、そんなことはありません)明敏な実業家であったエメは、すぐにこのシャンパンの可能性に気づき販売することにします。ヴィンテージ・シャンパンとすることにし、1911年に最初のヴィンテージをリリースしました。サロンは1920年代後半から1930年代にかけて絶頂期に達し、マキシムのハウス・シャンパンとなりました
今日、愛好家やソムリエなどの間では崇敬の的であり、批判する言葉の片鱗もなく語られていますが、実物は伝説を裏付けているのでしょうか?それを確かめる唯一の方法は飲んでみること以外にはないでしょう。

品種:シャルドネ

『一世紀の間に30数ヴィンテージしか存在しないシャンパン、サロン』


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