大きな変化を乗り越え、連綿と継承されるピュアなスタイル、ラルロ

【2009  Nuits Saint Georges 1er Cru Clos de L’Arlot – L’Arlot】

ドメーヌ・ドゥ・ラルロは1987年に、大手保険会社アクサ・ミレジムがネゴシアンのジュール・ブランが所有していた畑を買い取り、ドメーヌ・デュジャックのジャック・セイス氏のもとで働いていた、ジャン・ピエール・ド・スメ氏が責任者として加わり、スタートしました。創業時からビオディナミ農法によるぶどう栽培をスタートさせた生産者です

ドメーヌ・ドゥ・ラルロでは、ブドウ栽培、醸造において、自然な手法が心がけられています。15年ほど前からビオディナミによる栽培方法が模索され、1999年に所有畑の一部1.5ヘクタールに導入されました。そして2000年に3ヘクタール、2001年に6ヘクタール、2002年には10ヘクタールと着実にビオディナミによる栽培畑が増やされ、2003年産からは全ての畑においてビオディナミによる栽培がおこなわれています
ブドウは収穫時と収穫後に徹底して選別されます。除梗はせず、醗酵は天然酵母で30~32度を超えないように保たれながら3週間以上にもわたって行われます。ピジャージュは足で1日に3回おこなわれます。ワインを醗酵槽から樽に移すには重力が利用されます。ポンプを使うとワインに負担をかけるためです。

このように全ての工程でワインが疲れないよう最大の注意を払い醸造されます。軽く澱引きが行われ、樽熟成の後、無濾過で瓶詰されます。樽熟成に使用する樽には、香りのポテンシャルの高いアリエ産の木を自社で購入し2年以上乾燥したものが使用されます。新樽比率は50%以上です。

現在は責任者であったジャン・ピエール・ド・スメ氏が2006年末で引退し、スメ氏の右腕だったオリヴィエ・ルリッシュ氏が栽培・醸造最高責任者となりラルロの運営に携わります。オリヴィエは2011年にアルデッシュにある自らのドメーヌに専念するために退職し、その後、フレデリック・マニャンで修業をしてきたジャック・デヴォージュが新たに任命されます。しかしヘッドハンティングされ、2015年から別の醸造所(移籍先は有名なクロ・ド・タール)へ移籍することになります。後任は女性醸造家ジェラルディーヌ・ゴドー(アレックス・ガンバルの醸造責任者)。ジャック・デヴォージュだけでなく、ゼネラル・マネージャーのクリスティアン・シリーにも、「ジェラルディーヌ以外にラルロを次のステップに導くことはできない」とまで言わしめているだけに、今後のさらなる進化が大いに期待できます。

品種:ピノ・ノワール

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イタリアの偉大なワインで避けては通れない生産者、アルド・コンテルノ

【2005   Barolo – Aldo Conterno】

「王のワイン、ワインの王」と呼ばれるバローロ。多くの優 秀な生産者がひしめくが、アルド・コンテルノがその頂点にいることに異議を唱える評論家はいない。18世紀からの歴史を誇る名門ジャコモ・コンテルノの5代目として生まれた1969年、兄のジョヴァンニと衝突して独立し、ブッシアの畑を購入して、自らのワイナリーを開いた。 スラヴォニアン・オークの大樽で醸造するスタイルを貫き、ネッビオーロの精髄を表現した長期熟成タイプのバローロを造る。たっぷりと力強さと優雅さを備えた味わいは、バローロのみならず、イタリアワインの頂点に立つ生産者と言っても過言ではない。ブッシア地区に、ロミラスコ、チカラ、コロネッロの区画を有し、クリュのワインとして仕込まれる。バローロは複数の区画をブレンドして造られる。頂点に位置するのは、良作年にだけ造られるリセルバ・グランブッシア。3つの単一畑の最良のブドウで仕込まれる。大樽で3年間熟成される。世界中のバローロ愛好家が血眼になって探し求めるワインだ

アルドが2012年に亡くなった後は、フランコ、ステファーノ、ジャコモの3人の息子が後を継いだ。バローロのスタイルは不変だが、早くから楽しめるワインにも挑戦している。ステンレスタンクとバリックを併用するランゲ・ネッビオーロ・ イル・ファボットはその代表。ブッシア地区内の若樹から生産される。100%新樽のバリックで12か月間の熟成を経るシャルドネ・ブッシャドール・ランゲは、イタリアのモダンな白ワインの先駆けとなった。フレイザ主体のランゲ・ロッソ、早飲みのバルベーラ・ダルバも素晴らしい。ピエモンテの伝統的なワイン造りは守りながら、時代に合わせて、バリックやステンレスタンクを使って、幅を広げてきたアルド・コンテルノ。イタリアの偉大なワインとは何かを知る時に、避けては通れない生産者

品種:ネッビオーロ

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バローロ最良の姿の1つを具現化した現代バローロの雄、パオロ・スカヴィーノ

【2004  Barolo Carobric – Paolo Scavino】

カスティリオーネ・ファレットに当主、エンリコ・スカヴィーノの祖父、ロレンツォによって、”ロレンツォ・エ・パオロ・スカヴィーノ”として、1921年に設立された。
バローロの最良の姿の1つを具現化した現代バローロの雄として称賛され続けているパオロ・スカヴィーノ。エンリコの父パオロ、祖父ロレンツォの時代から、真摯にワイン造りに取り組んできた歴史あるワイナリーである。
新樽バリックやロータリー・ファーメンターなど新しい技術を率先して取り入れ、現代バローロを牽引してきたエンリコは、祖父や父を通してバローロの伝統を学び、極めてデリケートな葡萄、ネッビオーロと向き合う事に心血を注いできた。ネッビオーロの個性を追求し、一切妥協のない畑仕事を怠らず、優れた畑の個性を引き出し、バリックと大樽を併用するなど、弛まぬ努力と挑戦を重ねてきたが故に、現在の揺るがぬスカヴィーノの存在がある。
高い品質を保つために、1936年~1993年の間に4度、カンティーナの改築を行っている。
そして現在は醸造を学んだ娘エリザと共に、スカヴィーノならではの、緻密でありながら圧倒的な力強さと気品とを併せ持つワインを造りだしている

《娘エリザさんのインタビュー記事引用》
【バローロの歴史】
まずはバローロの歴史から説明します。少し長くなってしまいますが、ここを伝えないと全ての話が理解できないと思いますのでお話させてください。

・1200~1400年代 ネッビオーロで造る良質なワイン産地としての記録
・1495年 「バローロ」がワインの名前として初めて登場(ラモッラ村)
・1700年代 イギリスとの商取引で貨幣の代わりにバローロを使って支払うことができるなど、最高のワインとして認知されていた
・1800年代前半 バローロの侯爵ファッレッティ家に嫁いだ、仏貴族Juliette Colbert(ジュリエット・コルベール)夫人が、フランスの醸造技術を広め、ほぼ現在の形が完成した
・1921年 パオロ スカヴィーノ創業
・1951年 現当主エンリコ氏が10歳でワイン造りを開始

バローロは、15世紀から高品質なワインとして認知されていましたが、ものによっては残糖があって再発酵しているものや、不衛生から木の臭みがワインに移りクリーンさに欠けるものが多かったのも事実です。しかし、1800年代前半にジュリエット・コルベール夫人がフランスの知識をバローロに持ち込んだことにより、粗野だったワインがより貴族的になり、”残糖がなくドライ”なワインへと変貌していきました。

【スカヴィーノ家の歴史】
私達スカヴィーノ家は1900年代前半まではグリツァーネというバローロの端のエリアでワイン造りを行っていましたが、最高のブドウを求めて1921年、曾祖父ロレンツォの代にカスティリオーネ ファッレット村に3.5haの畑を購入し、移住しました。その後、祖父パオロと大伯父のアルフォンソ(本家アゼリアの当主ルイジ氏の父)がワイン造りを行っていくことになります。当時は半分を瓶詰、残りをバルク売りしていましたが、1960年代の終わりには100%を瓶詰するようになりました。ちなみに当時から現在まで自社畑以外のブドウは一切使ったことがありません。

父エンリコがワイン造りに従事するようになったのは1951年、10歳のときです。当時は第二次世界大戦後まもなく、貧困や飢饉にあえいだ時代で、ブドウ農家というのは人気がなく、職を求め畑を捨ててトリノへ出ていく人が増えたため過疎化が起こっていました。そしてご存じの通り、ジュリエット・コルベールの精神は失われバローロ全体の品質も低下していきます。そんな時勢でしたが父エンリコは祖父パオロがワインを造るのを見たり手伝ったりするのが大好きで、自分がワイン造りを継ぐということは自然なことと捉えていました。そして、それを喜んだ祖父パオロは父エンリコにワイン造りの全てを叩きこみました。

祖父パオロが父エンリコに教えたことは、「完璧なブドウしかセラーに持ち込まない」、「セラーは常に清潔に保つ」の二つでした。
10歳の父が好きだったのが、樽を綺麗に拭く作業。樽の中を水の色が透明になるまで洗い、祖母が綺麗にアイロンをかけた布で”樽の中でご飯が食べれるぐらい”綺麗にするということを教え込まれました。子供の身体がすっぽり入ってしまう大樽をいくつも拭くのは大変な作業ですが、畑仕事に比べればなんでもないことだと父は言います。

当時は間引き(グリーン・ハーヴェスト)など誰もやっていないことでしたが、祖父パオロは感覚的にそうした方が良いワインが出来ることを知っていた人でした。一粒でも傷んでいるブドウは房ごと落とすなど、”完璧なブドウ以外はセラーに持ち込むな”ということを徹底的に叩き込まれたそうです。熟成と酸素の関係も体験的に分かっていたようで、上澄みだけを移し替えるということも頻繁に行っていました。

様々な体験をした父エンリコが、「生涯でこれを超える感動はない」と語るのが、1950年代に初めてスカヴィーノ家にトラクターが届いたときのことです。 カスティリオーネ ファッレット以外にも畑を買い足し、いまでこそ30分もかからない距離ですが当時はブドウの運搬に馬や牛を使っていた時代で、離れた畑からカンティーナへブドウを運ぶのに2時間以上かかっていました。当然ブドウはその間に傷んでしまいます。トラクターはその頃はとても高価でほとんどの農家は所有していなかったのですが、ブドウを少しでも完璧な状態でワインにするよう購入に踏み切りました。まさに畑が近所にあるのと同じ効果を得ることができたのです。

「質量保存の法則」の通り、ブドウがワインになるまで、減ることはあっても増えることはありません。醸造はあくまで補助的なもので、大切なのはブドウ樹が正しく育つための地味な作業の連続です。私達がやっているのは現在も昔も、「いかにテロワールを損なわずワインに注ぎ込むか」ということだけなのです。

【Barolo Carobric】
パオロ・スカヴィーノが造る3つのクリュ・バローロである「カンヌビ」「ロッケ・デッランヌンツィアータ」「ブリック・デル・フィアスク」をブレンドし、3クリュの頭文字を集めて「カロブリック」と名付けられました。パオロ・スカヴィーノのバローロとしては最も新しく、1996年がファースト・ヴィンテージとなっています。

品種:ネッビオーロ

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