モダン化ではなく、廃れていたランゲの復興、エリオ・アルターレ

【2004  Barolo – Elio Altare】

「エリオ」が成し遂げたのは「バローロ」のモダン化ではない。廃れていたランゲの復興だった。
転換点は1976年のブルゴーニュ視察。葡萄の質を高め、ボトリングまで行うことで仲買人による葡萄買取りシステムから脱却できることを学んだ。
当時は誰も導入していなかったグリーンハーヴェストや摘芯を導入したのもエリオだった』 収量を一般的な造り手の半分以下まで落とすことで、葡萄の質を高めていった。当時の他の造り手には、葡萄を切り落とす行為は受入れ難いものだった。 更に反対する父親の前で大樽をチェンソーで切り刻み、バリックを導入した。 『エリオは清潔でなかった大樽を捨てた。酸素コンタ クトによって、リリース当初から美味しいバローロを造りたいという強い信念があった。これが原因で父親とは死ぬまで仲直りできなかった』

【栽培】
エリオの名刺には VITICOLTORE(農民)と記されている。モダンというイメージだが、1979年より除草剤や殺虫剤、化学肥料は使っていない。『摘芯もカッターではなくハサミで切る。手で切ることで切り口が広がらない。切り口から病気になるので最小であるべき。昔、農民は皆知っていた』 当時としては短期間マセラシオンやバリックの導入は衝撃的だった。しかし、同時にエリオは農民のワインである事(自然な醸造)を重要視している。 『例えば酵母。自然派生産者も培養酵母を使用していることが多いが、エリオは自然酵母のみ』 発酵をスムーズに始める為に早めに収穫した葡萄の果皮に付着した自然酵母を培養し、各キュヴェの 発酵のスターターに使用している。酸化防止剤もビオロジックの規定より圧倒的に少ない

【醸造】
大きな特徴が超短期間のマセラシオン。「カヴァロット」の30日に対して彼等は4日間。 『ロータリーファーメンターの目的は強い抽出ではない。15分に1回程度ゆっくり回転させることで、果帽が常時ワインに浸かっている状態にすること』 早く回転させれば強い抽出が可能だが、ゆっくり回転させている。強い抽出ではなく、果帽を常に浸けておくことが目的。質の高いタンニンだけを取り出す。
4日のマセラシオンでもアルコール発酵がスムーズに進めば、アルコールが媒介となってアントシアニン等も早く安定する』 早い回転で抽出しなくてもアルコールがスムーズに生成されれば、アルコールが媒介となって色素は安定する。マセラシオンが短くても色合いは十分。

品種:ネッビオーロ

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モンタルチーノで初めての単一畑ワイン、ヴァルディカーヴァ

【2003  Brunello di Montalcino Riserva Madonna del Piano – Valdicava】

オーナーのヴィンチェンツォ・アブルッチェーゼ氏は、ワインの品質向上のためには労を惜しまず、最善の策を探求する完璧主義者として知られています。1960年代、ブルネロ・ディ・モンタルチーノがまだ無名であった時代から、最高のワイン造りに向けて努力を重ねてきた、ブルネロの歴史の中で非常に重要な役割を果たしてきたカンティーナの一つです。モンタルチーノにおいて、ワイン発展に尽力するグループ、コンソルツィオ・デル・ヴィーノ・ブルネロ・ディ・モンタルチーノの創立メンバーでもあります。現在では250を超えるめんばーのコンソルツィオにあって、設立時から常に要職を務めるモンタルチーノのリーダーとして、なくてはならない存在となっています。

ワイナリーはモンタルチーノの丘の北東に位置し、造っているのはロッソ・ディ・モンタルチーノ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・マドンナ・デル・ピアーノの三種類のみ。畑はなだらかな南西向きの斜面でトスカーナ特有のガレストロ(泥灰土でトスカーナの優良畑に多い)、砂質、泥灰質が混じり合い、熱の保温力にも長けた潜在能力の高い土壌。ヴァルディカーヴァのテロワールの特徴は、昼夜の大きな温度差と、午前と午後で向きの変わる風。この自然環境により葡萄に厚みをもたらし、ワインに複雑味を与えている。エノロゴにはガヤやサン・ジュスト・ア・レンテンナーノなどに携わった名手、アッティリオ・パーリを起用し、近年の評価はさらなる飛躍を遂げている。

【Brunello di Montalcino Riserva Madonna del Piano】
畑の区画は全部で10ヶ所に分かれています。そのうち、マドンナ・デル・ピアーノは、5.5haの単一畑ですが、最良のワインを産出するために、実際にはわずか2.5haのヴィーニャ・ヴェッキオ(30年以上の老木)のみが使われます。モンタルチーノで初めての単一畑ワインです

品種:ブルネッロ

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1960年代の初頭まで秘密にされたブルネッロ、コンティ・コスタンティ

【1999  Brunello di Montalcino – Conti Costanti】

コスタンティの名前は、シエナが発祥の地であり、今日でもシエナ大学の学長のアパートメントにコスタンティの紋章が所蔵してあります。(コスタンティのブドウ畑にも紋章のレプリカが置いてあり、今日でも見ることができます。)  現在のワイナリーのオーナーの先祖は、1506年には大学の学長でした。
シエナのコスタンティ家は、1555年から1559年までモンタルチーノの土地で戦われた、最後のシエナの独立戦争の立役者となった242のファミリーの内の一つで、1559年にスペインに降伏し、シエナ共和国の歴史が終わりを告げたにもかかわらず、ファミリーはモンタルチーノの土地に執着しつづけ、広大なモンタルチーノの所有地にとどまることを決めたのでした。 一つの初期の逸話によると、16世紀にマルコ・アントニオ・コスタンティは、自分の愛する共和国のために戦うことに疲れたため、モンタルチーノの赤ワインで毎日顔を洗い、顔に血色の良さと活力を取り戻し、戦いに向かう人々を安心させたと言われています。

数世紀の後、クレシェンツィオとカルロのコスタンティ兄弟は、他の共和国・ヴェネツィアと戦い、二人の勇気によりファミリーは1711年に伯爵の称号を得ました。その後の世代は自分たちの土地で、自由な仕事・平和な事業を行いました。コスタンティの所有地は Colle al Matrichese(現在のワイナリーのある中心地)のファミリーの元々の土地から、シエナ周辺のCastle of Bibbiano、Sovignanoに移りました。現在の所有者であるアンドレアは所有地の恵みを“merits and marriages” と考え、それによりファミリーは常にモンタルチーノ で最も高い階級に位置づけられています。

17世紀の中頃、別のクレシェンツィオ・コスタンティはブドウ栽培の仕事を非常に真剣に考えました。急な勾配の石の多いヒルサイドの土壌を掘り起こしながら、彼はもっと良いワインができることを確信しました。またクレシェンツィオはエトゥルスキの人工遺物を沢山発見しました。彼の発見はモンタルチーノの歴史に光をあてるのに重要な役割を果たし、クレシェンツィオは優秀なブドウ栽培者と“考古学者”という2つの名声を手にしました。

もう一人のコスタンティ家の有名人は、ティト・コスタンティで、彼は弁護士でありブドウ栽培者でした。彼のBrunelloは現在のDOCGとDOCを予見していました。彼はBrunello for Montalcino redという名前を使 った最初の人々のうちの一人であるだけでなく、ワインを造った方法は、現在のものとほとんど変わりがないものでした。私たちはティトの1865と1869ヴィンテージを記録しています。彼は1870年のシエナのワインショーに両ヴィンテージを出展し、それらは今日のBrunelloとRosso di Montalcinoの紛れもない先駆者でした。 何世代の後も、コスタンティは(その名の通り、イタリア語では「不変の・一定の」という意味ですが、)モンタルチーノの素晴らしさを父から息子へと受け継いでいます。

コスタンティ家は、トスカーナ地方の世界遺産として有名な町 “シエナ” の名家です。1711年にワイン生産者として創業し、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノを語る上では欠かせないワイナリーのひとつとして知られています
ですが、コスタンティのBrunelloは、1960年代の初頭まで秘密にされ、オーナーの友人や家族の間だけでしか出まわっていませんでした。それを医者でありブドウ栽培者であるエミリオ・コスタンティ伯爵が、座長を務めるロータリークラブのシークレットテーブルでコスタンティのワインが出回ることを許しました
最初の“公の”ヴィンテージがリリースされ、ワイナリーのポテンシャルが最大化した後、エミリオ・コスタンティは古いシエナのファミリーでたった一人の末裔である、当時まだ大学の地質学科を卒業したばかりでワイン業界では何もバックグラウンドのない、アンドレア・コスタンティを探し出しました。アンドレアは1983年に、歴史的に名高い伯爵の相続人・後継者に指名され、すぐにエミリオの信頼が正しいことを証明しました。
彼は新しい莫大な責務をうまく果たしただけでなく、偉大なBrunelloを造るというファミリーの評判を高めたのでした。
モンタルチーノ特有の昼は暖かく夜は冷涼な微気候、標高310~440mにあるガレストロ土壌という恵まれた環境の中、伝統的な大樽を使用し良質なブルネッロ・ワインを生み出しています。

品種:サンジョヴェーゼ・グロッソ

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