ジャック・セロスによる革新的なシャンパーニュ造りに影響を受け、注目を集める新星RM、ミニエール

1919年、アルフレッド・ミニエールがシャンパーニュ地方最北端のエルモンヴィル村に設立。4代目となるフレデリックとロドルフ兄弟が継承するまでは、ネゴシアンにワインを売却していました。
フレデリック・ミニエールはアヴィズの醸造学校で学んだ後、ジャック・セロスで修行。セロスによる革新的なシャンパーニュ造りに影響を受け、弟のロドルフと共にドメーヌ元詰めを決断。約10年に及ぶ努力の末、2015年に初めて自身のシャンパーニュを世に送り出しました。
デビューから間もない小規模の造り手でありながら、すでにニューヨーク最高の三ツ星”イレヴン・マディソン・パーク”やカルトワインの帝王ハーラン・エステートのオーナーが所有するナパの三ツ星レストラン”メドウッド”など最高峰グランメゾンで一流シャンパーニュと肩を並べてオンリストされています。

《芸術的シャンパーニュを生み出す栽培&醸造工程》
ドメーヌの栽培面積は8ha。サスティナブル農法を採用し、大部分の畑が理想的に日照を受けるエルモンヴィルの丘陵に位置しています。
1960年代~1970年代初めに植樹された古樹が主体。ピノ・ノワール、シャルドネ、ムニエ全てにおいて接ぎ木をしていないヴィエイユ・ヴィーニュがあります。その僅かな収穫ブドウは、将来リリースする傑出したキュヴェに使用する予定です。
セロスと同様、樽発酵と樽熟成による醸造、マロラクティック発酵は行いません。樽内でアルコール発酵が終了後、引き続きシュール・リー状態で定期的にバトナージュを実施。8ヶ月間、樽での熟成を経て瓶内二次発酵へと移行します。
ノン・ヴィンテージでも最低5~6年、ミレジメに至っては最低10年以上の長きに亘る瓶内熟成をしています。 飲み頃を迎えてからのリリースを徹底。 贅沢なまでに熟成に時間をかけて、ワインの魅力を最大限に引き出した芸術的な作品を消費者に届けています。

伝統と樽を重宝する名家、アルフレッド・グラシアン

≪歴史≫
1864年、アルフレッド・グラシアン氏は23歳の時にエペルネにこのメゾンを設立しました。同年、この偉大なる企業家は、ロワール地方のソーミュールにもスパークリング・ワインの醸造所を設立しました。10年後、アルフレッド・グラシアン氏は、アルベール・ジャン・メイエ氏という新しいビジネス・パートナーを見出し、“グラシアン・エ・メイエ”に社名を変更しました。その後、アルベール・ジャン・メイエ氏の子孫たちは、創業者であるアルフレッド・グラシアン氏のワイン造りに対する哲学を引き継ぎ、この2つの地域の醸造所を発展させました。アルフレッド・グラシアンのセラー・マスターは、1905年以来ジェジェ家が行っています。1905年にガストン・ジェジェ氏が就任した後、1950年に息子のシャルル氏に受け継がれ、1966年、その息子のジャン・ピエール氏が3代目に就任し、2007年に退任するまでその職務を遂行しました。4代目となるニコラ氏は、1990年に父であるジャン・ピエール氏の下で、ワイン造りを開始し、2007年にセラー・マスターに就任しました。アルフレッド・グラシアンの技術と伝統は、ジェジェ家により1905年から今日に至るまで100年以上、厳格に、かつ正確に伝えられています。

≪栽培≫
所有畑 : 2ha Bouzy, Ambonnay, Le Mesnil sur Oger, Monthelon, Mardeuil, Grauves, Damery
上記以外に、長期契約栽培を約65のぶどう栽培農家(約55ha)と結んでいます。
テロワールはぶどうの品質に多大な影響を与えます。最高級のぶどうが取れる「特級格付けの畑」、それに次ぐ「一級格付けの畑」、どのシャンパーニュ・メゾンにとっても奪い合いになる程、希少なもので、その面積はシャンパーニュ地方全体の25%しかありません。アルフレッド・グラシアンは、購入しているぶどうのうち62%を特級畑・一級畑から手に入れています。また、それと同じくシャンパーニュ造りに重要なことは、優良なぶどう栽培農家との関係を強化することにより、最高品質のぶどうを確保することです。出来上がったワインを栽培農家とともに試飲して品質のチェックを行い、また2年に一度、全栽培農家夫妻を招いて研修・意見交換会を行うなど、品質向上には余念がありません。そして、最高の畑からは、最高のぶどうが収穫され、そして最高のシャンパーニュとなります。

≪醸造≫
全てのベース・ワインを樽で発酵させる数少ない生産者です。1,000以上の旧樽(228L樽)を所有しています。シャブリの生産
者から5年以上使用された樽を購入。毎年丁寧にメンテナンスを行い、12~20年近くまで使用します。ぶどう農家、そして畑ごとに発酵を行います。20~23℃にて約15日間旧樽にて発酵、その後6ヶ月間シュール・リーの状態で樽で寝かせます。ただし、バトナージュ、および、マロラクティック発酵は一切行ないません。本来シャンパーニュに求められる「旨味のある酸」を大切にしています。樽で発酵後、じっくり寝かすことで古い樽を通過する微量の酸素でミクロ・オキシダイゼーションが行われ、適度な酸化により、ワインに円熟さを与え、また抗酸化作用も発生します。ごく微量の空気と触れ合い、「旨味のある酸」が「旨味のある柔らかい酸」に変わるのです。また、「キュヴェ」のみを使用するこだわりと、あえてヴァン・ド・レゼルヴを少なめにアッサンブラージュ(15%程度)しています。そうすることでヴィンテージ・シャンパーニュのような味わいとなり、常に素晴らしい品質のシャンパーニュが出来上がります。年間生産量は30万本です。

一部の愛好家に愛されてきた、「幻のシャンパーニュ」、アンリ・ジロー

アンリ・ジローの歴史は、17世紀初頭に遡ります。ルイ13世統治下の1625年、創業者のフランソワ・エマールがシャンパーニュ地方でも良質なブドウの産地として有名なアイ村に畑を手に入れました。これが、現在のアンリ・ジローのシャンパーニュが高い評価を受ける大きな理由となります。

10世紀以前から、石灰質の土地であるシャンパーニュ地方は、シャルドネやピノ・ノワールなど良質なブドウを生み出す地として知られていました。中でもアイ村のピノ・ノワールは評価が高く、17世紀にシャンパーニュ造りが始まった頃には、多くのメゾンがアイ村産のピノ・ノワールを欲しがったといいます。特に熱心だったのが法王や王族で、歴史の証人灯として、今もアイ村にはフランソワ1世やアンリ4世の圧搾場跡が残っています。ちなみに、アンリ4世は「アイ卿(Lord of Ay)」と呼ばれ、アイ村の歴史のひとつとなっています。

16世紀初頭から、アイ村はシャンパーニュ地方において、ワインのAOC(原産地統制名称)として認定。現在、シャンパーニュ地方にある323のクリュ(区画)のうち、グラン・クリュに認定されているのは17のクリュ。アイ村は、全てのクリュがグラン・クリュに認定され、その高品質のブドウは、プレステージ級のシャンパーニュにおいて、もはや欠かせないものとなっています。アンリ・ジローは、アイ村に約8haの自社畑を所有しています。

もちろん、アンリ・ジローが現在のような高い評価を受けるシャンパーニュを造るようになるまでの道は、決して平坦なものではありませんでした。アンリ・ジローのシャンパーニュがさらに進化したのは、20世紀の始めの頃のことです。マルヌの戦いに騎兵として参加していたレオン・ジローが、エマール家の娘と結婚したことが現在のアンリ・ジローにとって大きな転機となりました。レオン・ジローはシャンパーニュ造りに愛情と情熱を持っていた人間で、当時、フィロキセラにより壊滅状態にあったブドウ畑を、彼自身の研究と絶え間ない努力によって復興させました。それは特定のアメリカの苗木を接木するという、当時としては最先端の技術でした。そして現在、12代目のアンリ・ジローは、彼の精神を受け継ぎ、シャンパーニュのさらなる向上を目指しています。

《アンリ・ジローのシャンパーニュ造りとその個性》
繊細にして芳醇、奥深さと複雑性を兼ね備え、味と香りの奥からフィネスが感じられる・・・それが、アンリ・ジローの個性。一流老舗メゾンが集まるアイ村に本拠地を置き、ブドウ本来のポテンシャルを大切にするシャンパーニュ造りを心がけています。その唯一無二の味を支えているのは、なんといっても良質のブドウにあります。アンリ・ジローがアイ村に有するブドウ畑は約8haで、それらはすべてグラン・クリュに格付けされています。

栽培されるブドウの種類はピノ・ノワール70%、シャルドネ30%。ブドウ本来のピュアな味わいを生かしているのが、今も頑固なまでに守り続ける伝統製法です。ブドウはすべて手摘みで、収穫されたブドウは酸化を防ぐため、すぐに醸造所へ運ばれます。そして不純物は完全に取り除かれ、プレス機にかけられます。特筆すべきはこの圧搾後の処理。1990年以来、アンリ・ジローでは、シャンパーニュ地方において唯一、低温浸透法のシステムを導入しています。(低温浸透法・・・ブドウジュースが圧搾されて出てくると、特別なコンプレッサーによってゆっくりと10度まで温度を下げるシステムのこと)

こうすることで、衛生面において有益なだけでなく、同時に雑味成分とブドウジュースが完全に分離するなど、多くのメリットが得られます。そしてその後、シャンパーニュに複雑なアロマをもたらすため、特別にあつらえたアルゴンヌの森産の樫の樽でゆっくりと発酵させます。この特別なオーク樽を使うことで、シャンパーニュにグレープフルーツやバニラ、ココナッツといった複雑な香りが生まれるのです。ラインの中でも、メゾンの哲学が最も反映されているのが『フュ・ド・シェーヌ』。1年間オーク樽にて熟成、7〜8年の瓶内熟成の後、澱引きも手作業によって丹念になされるこの1本は、まさに「至高」のシャンパーニュといえます。

歴史あるランスのブティック・シャンパーニュ・メゾン、シャルル・エドシック

シャルル・エドシックは、類いまれなカリスマ性をもった創業者シャルル=カミーユ・エドシックによって1851年に創立されました。当時弱冠29歳であったにも関わらず、理想を実現するべく、自身の個性を反映し、自らの名を冠したシャンパーニュブランドを始めます。冒険家、起業家、粋なジェントルマンとして同世代人に知られ、多くの偉大な著名人を魅了してきた彼は、後に「シャンパン・チャーリー」と呼ばれるようになり、映画や歌のモデルにもなりました。

《ガロ・ロマン時代の採石場跡をいち早く熟成倉庫として利用》
シャルル・エドシックでは、ガロ・ロマン時代につくられたクレイエール(採石場跡)を熟成倉庫として利用しています。
創業当時は見向きもされなかったクレイエールでしたが、迷路のように入り組んだ地下道と地下室の湿度がシャンパーニュの熟成に最適であると、創業者のシャルル=カミーユは見抜いていました。
気温10度に保たれたこのクレイエールで、シャルル・エドシックのシャンパーニュは長期間熟成されます。
2015年にはユネスコ世界遺産に登録されました。

《創業者のダンディーさを表現する贅沢な品質》
創業者シャルル=カミーユが生きていた頃から「シャルルのワインは、いつも飲めばすぐにそれとわかる」と評されていましたが、特徴づけたのはその贅沢な品質。
ブリュット レゼルヴのアサンブラージュの60%はその年のワインですが、残る40%はリザーヴワインを使用しており、これにより複雑で深い味わいを生み出しています。しかも、リザーヴワインは平均で10年の熟成を経たものというこだわりよう。
さらに、ダニエル・チボー、レジス・カミュ、ティエリー・ロゼ、そしてシリル・ブランといった歴代の卓越した醸造責任者に恵まれ、伝統を守るだけではなく、新たなスタイルを造りだすメゾンとして今もなお挑戦を続けています。ダンディーとして鳴らした創業者の生きざまを感じさせる、贅沢なシャンパーニュなのです。

《各国の王室や著名人に愛されてきたシャルル・エドシック》
高品質で贅沢なシャルル・エドシックのシャンパーニュは、1859年のボルドー万国博覧会で金賞を受賞。以降は瞬く間に、ロシア、スウェーデン、オランダ、ポルトガル、バイエルン、プロイセン、ザクセン・ワイマール、スペイン、ルクセンブルク、オーストリア、エチオピアなど世界の王室や宮廷で愛飲されるようになりました。
英王室との関わりは深く、1897年にエドワード7世御用達となり、1977年にはエリザベス2世在位25周年限定ワインを製造。1981年のチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚の際には「ロイヤル・ウエディング・キュヴェ」を発表しました。
また、政治家のアイゼンハワーやチャーチル、ジャズ歌手・女優のジョセフィン・ベーカー、画家のダリ、探検家のロバート・ファルコン・スコットなど錚々たる著名人が、大切な人をもてなす機会や記念すべき舞台でシャルル・エドシックを信頼し、選んできました。

長期瓶熟成させてからリリースする異彩を放つRM、アラン・クヴルール

アラン・クヴルールは、プルイィ村にて異彩を放つRM(レコルタン・マニピュラン)です。何世代にも渡ってブドウ栽培を生業としていましたが、1945年にアラン・クヴルール氏が自社ブランドにてシャンパーニュ造りを開始。ブドウ栽培農家として卓越した栽培技術を活かして育て上げたブドウから、上質なシャンパーニュを造るRMとして名声を築きました。

アラン・クヴルール氏のシャンパーニュのモットーは、「長期瓶熟成させてからリリースする」こと。その理由についてアラン・クヴルール氏は、「もともと自分たち家族用に毎年一定量を貯蔵していましたが、ある時、たまたまお客様に古酒を振る舞ったところ非常に感激されたので、試しにかなり熟成させてから販売してみたところ、大半のお客様が熟成したシャンパンの方を好むということが分かりました。」と述べています。それ以降、彼らはNV(ノン・ヴィンテージ)でありながら、収穫年が1990年代後半~というバックヴィンテージを大切に貯蔵。円熟の旨み溢れるその味わいは、ヨーロッパ中のシャンパーニュ愛好家から高い支持を得ています。

彼らが所有している畑は約6.15ha。石灰質土壌にはシャルドネ、砂質土壌にはピノ・ムニエ、粘土石灰質土壌にはピノ・ノワールとそれぞれの土壌に適したブドウ品種を栽培しています。さらにリュット・レゾネを実施。ブドウはしっかりと完熟させるため、周囲の栽培家よりも1週間程度遅く収穫しています。ブドウを圧搾後、1番絞り果汁のみを使用し、マロテクティック発酵を行い、その後、長期にわたり瓶内二次熟成を実施し、澱から香りや旨味を引き出します。

ガレージから世界へと駆け上がったカルトワイン、ウィリアムズ・セリエム

ウイリアムズ・セリエムは、ソノマのロシアンリバー地区に住む2人の幼なじみの趣味が高じた、いわゆる“週末ワインメーキング”が始まりました。
会計士でありワインバイヤーでもあったエド・セリエムとサンフランシスコ・クロニクル新聞の印刷工であったバート・ウイリアムズという2人が、仕事の片手間に、車が2台入るか入らないかの小さなガレージで初めてワインを仕込んだのは1979年です。
それからわずか10年余のうちに、ウイリアムズ・セリエムのワインは今のような世界的「カルト」ワインの評価を受けるようになりました。そしてセリエムの世界的評価が、ソノマ・ロシアンリバー地区を世界でも指折りのピノ・ノワールの産地として有名にしたといっても過言ではないでしょう。

ウイリアムズ・セリエムの最初のヴィンテージは、これまたソノマのカルトワインの生産者として有名なマルティネリが所有する、樹齢84年の畑(畑名はJackass Hill)のブドウで造ったジンファンデルでした。
その後サンフランシスコで有名な土地資産家であるハワード・アレンとの出会いをきっかけに、2人はロシアンリバー地区のピノ・ノワールに開眼しました。アレンが所有し、ジョー・ロキオリが管理していたロシアンリバー地区ウエストサイド・ロード沿いのブドウ畑(アレン・ヴィンヤード)とロキオリ個人が所有していた畑(ロキオリ・ヴィンヤード)のブドウを使ってピノ・ノワールを造り始めました。
それ以降、フェリングトン、コーストランズ、プレシャス・マウンテンといった第一級のヴィンヤードと次々に契約を結び、この地区でのピノ・ノワール造りに専念していきました。
各テロワールの特徴が最大限に引き出され、ドラマティックで凝縮力のあるそれらワインはたちまちのうちに人々の間で評判になり、そして1987年のカリフォルニア・ステート・フェア・ワインコンペティションで、初めて出品した1985ロキオリ・ピノ・ノワールで「ワイナリー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれると、ウイリアムズ・セリエムは世界でも5本の指に入るピノ・ノワールの生産者として評されるようになりました。
また、ウイリアムズ・セリエムのフラッグシップでもある、「シングルヴィンヤードシリーズ」はロシアンリバーを中心としたソノマ地区等の著名な栽培農家のブドウから造られます。
長期契約を結び共同栽培をすることで、安定した品質と量を確保すると同時に、各ヴィンヤードの素晴らしいテロワールをボトルの中に再現することが可能になりました。
ウイリアムズ・セリエムの名声は、他でもなくこれら契約栽培農家の方々に支えられています。「ブドウからワインへ」テロワールの素晴らしいリレーションです。

2015 シャサーニュ・モンラッシェ・レ・バトード アニェス・パケ

【2014 Chassagne-Montrachet Les Battaudes Blanc – Agnes Paquet】

2007年春、長年パケのワインの大ファンだった愛好家の友人と共同で購入した0.14haの自社畑、およびメテイヤージュで賃借している0.42haの畑より。平均樹齢15年。新樽率30%で12ヵ月間の熟成。「桁違いのミネラルに富むシャサーニュ・モンラッシェに畑を持つのが昔からの夢でした。特に、最南端のこの畑は、赤色の表土に重厚な粘土層というシャサーニュの中でも特異な土壌の畑で、醸造してみると期待をはるかに上回るミネラルが得られました」。底から力強く湧き上がってくるミネラルの旨味に圧倒される、長期熟成型のシャサーニュです。

>> アニェス・パケについて


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