ドメーヌ・ポンソを離れ、自身の「こだわり」が詰まったネゴシアン、ローラン・ポンソ

2017年2月、ローラン・ポンソが36年間携わったドメーヌ・ポンソを離れ、その直後の同年4月に、ネゴシアン「ローラン・ポンソ社」を立ち上げた。オフィスは、ジリー・レ・シトー村の産業地区に構え、このオフィス裏とコルゴロワンに熟成用の設備や、畑作業用の機器置場をもつ。2018年1月には愛息のクレメンが当主に着任している。

ワインは、ローラン自身とクルチエのネットワークから質の高いブドウを購入して造られる。ブドウ、圧搾果汁、発酵果汁の状態で購入するが、まれにごく初期の樽に入った状態ものも含まれ、収穫直後できる限り早くセラーに持ち込まれる。ワインになった完成品の状態や瓶詰直前のものを購入することは絶対にしない。また、ローランがドメーヌ・ポンソの頃から所有していた畑もあり、ローラン・ポンソ社が形式的にブドウを買い取る形で醸造する。

ブドウは、所有畑、メテヤージュを含め各アペラシオンの素晴らしい区画で栽培される。オーガニックではないが、農薬は使用せず、自然に忠実な耕作を続ける区画だ。2016ヴィンテージは17アペラシオンを造ったが、2017は20アペラシオンに増やすなど、今後、畑は追加していく予定だ。

ワイン造りでこだわっている樽熟成。熟成のサイクルを尊重し、樽はあくまでも酸素に触れる役割と考えているため、新樽は一切使用しない。SO2の添加も最低限に抑え、必要ないと判断すれば使用しない。

ローランがドメーヌ・ポンソ時代から貫く、伝統とハイテクの融合への探求は健在だ。全てのブドウに関する過去の分析データは持っており、その他にも特殊コルクや、SO2の代わりとしての天然ガスの使用、“インテリジェント・ケース”による輸送中の温度管理、真正性の保護などがある。さらに、2018年には、NFC(近距離無線通信)チップの使用で、現地から消費者までのワインの温度変化が把握できるようになった。

他にも、既に試作品が完成している、赤ワイン、白ワイン専用の醸造タンクや未来的なラベル、ブルゴーニュでは珍しいパッケージデザインなど、ローランの多くのアイデアが詰まっている。

ローラン・ポンソ社のファーストヴィンテージは、2016年。しかし、実は2015年も造っており、ローラン所有の畑で収穫されたブドウを100%使用している “ドメーヌ”ワインだ。ラベルには、“An Zero”の文字が特別に刻まれる。

全てのワインにキュヴェ名がついていて、基本的には白ワインには花の名前、赤は木の名前だ。唯一シャンボール・ミュジニー 1級 シャルムのみ“Cuvee Violet”とスミレを意味する花の名がつく。これらは、ワインを飲む前に全て彼のインスピレーションで決めた。

ローランは、ワインの味わいコメントは話さない。先入観を持たずに、各飲み手に印象を創ってほしいということからだ。

ロベール・シリュグ後継者と妻(ミシェル・ノエラ家)の造る新生ドメーヌ、アルノー・エ・ソフィー・シリュグ・ノエラ

ブドウはアルノー・シリュグの実家であるドメーヌ ロベール・シリュグから買っています。

ロベール・シリュグは、Vosne Romanee les Barreauxに2区画を所有しており一つ目の区画は、CROS PARANTOUX とLES PETITS MONTSに囲まれておりジャン・ルイ・シリュグ(アルノーの父)が所有。その区画から採れるブドウをすべて購入し、このワインをを生産しています。

二つ目の区画は、ロベール・シリュグのワインとなるもので、北向きでANNE GROSの畑と近いです。Arnaud & Sophieのワインはテロワールの特徴を表現したいため、人的介入をできるだけ少なくしているそうです。

全房発酵は全体の50%なので、葡萄の実だけでなく、梗の熟したタイミングも見極めることが求めらます。熟成もやや短めにしています。彼らが表現したいのは、フィネス、エレガンス、テロワールと果実味なのです。ソフィーとアルノーはワインに求めるスタイルという点で互いに完全に一致しており、ビジョンとフィロソフィーをワインに表現できるように日々努めています。

わずか20年で頂点を掴む銘醸畑所有の大ドメーヌ、ドメーヌ・ド・ラ・ヴージュレー

ドメーヌ・ド・ラ・ヴージュレーが設立され、2020年で20年が経つ。20年というと生まれたばかりの赤ん坊が成人する年齢だが、シトー会の修道僧がクロ・ド・ヴージョにブドウの樹を植えた12世紀初頭から計算すれば、単なる端数に過ぎない。

このドメーヌは、ボワセ家が1964年から買い増していった自社畑の中でも最上のクリマを寄せ集めて出来たもの。総面積は44ヘクタール、37のアペラシオンに分かれ、ドメーヌの看板となるクロ・ド・ヴージョのほか、ミュジニーやシュヴァリエ・モンラッシェ、それに単独所有のクロ・ブラン・ド・ヴージョなど、珠玉の特級畑、一級畑をもつ。

「収穫には140人の摘み取り人が必要になります」と、総支配人を務めるシルヴィー・ポワイヨさん。このドメーヌも設立当初からビオディナミ農法に取り組んでいる。ビオディナミの暦では、収穫は実の日が最適とされているので、少人数で毎日摘み取るわけにはいかないのだ。

ほかにもこだわりがいっぱいだ。赤ワインの醸造には木製の発酵桶が使われるが、その大きさは各アペラシオンの面積に合わせてあり、クロ・ド・ヴージョは毎年24番の桶で醸造と決まっている。果帽を潰すピジャージュは、今でも桶の上に人がまたがり、足で踏み潰す。それも必ず女性(!)がするという。

「女性の方が体重が軽いので抽出が優しく、無駄なタンニンの出ることがありません」。

醸造施設の外に出ると、目に飛び込んできたのは整然と積まれた木材の束。何かといえば、熟成に使用する小樽のオーク材である。ブルゴーニュではかつて、シトーの森のオークから樽を作り、ワインをそれで寝かせていた。そのひそみに倣いドメーヌでは、シトーの森からオークを切り出し、それをドメーヌで2年半から3年かけて乾燥。製樽会社に送って樽に仕上げてもらうのだ。

またプレパラシオン、すなわちビオディナミに用いる調合材のハーブも自家製。裏庭に小さなハーブ園が設えられ、ミント、ラベンダー、ヴァレリアンなどが育てられていた。

このように、微に入り細を穿つ仕事をもって造られるワインが素晴らしいのは当然。セラーの中で18年ヴィンテージのいくつかをテイスティングさせてもらったが、もっともベーシックな「ピノ・ノワール・テール・ド・ファミーユ」ですら、完璧にバランスのとれた豊かな風味をもち、並の造り手の村名クラスなど形無しであろう。

ましてや特級畑をやであり、「クロ・ド・ヴージョ」の余韻の長さには圧倒される。

しかも除梗をしない全房醸造にもかかわらず、厳しいニュアンスが一切ないことにも驚かされた。これはやはり、乙女の足踏みが功を奏しているのでなかろうか。

どのワインもフレーバーが豊かでレイヤーが感じられ、豊かな果実味とともにフレッシュさも備わっている。大ドメーヌの底力に平伏した。

モエ・シャンドン家の甥っこ、ニコライ伯爵とその夫人がオーナー、シャンドン・ド・ブリアイユ

1834年、Aymard-Claude de Nicolay/アイマール・クロード・ド・ニコライ伯爵が祖母であったChandon de Briailles/シャンドン・ド・ブリアイユ伯爵夫人(シャンパーニュのMoët etChandonの縁戚)から継承し設立された歴史あるドメーヌ。サヴィニー・レ・ボーヌに本拠を置き、13.7haの畑をを所有。現当主はFrançois de Nicolay/フランソワ・ド・ニコライ氏。平均年間生産量は約5万本、うち60%がフランス国外へ輸出されている。

《栽培》
1980年台初頭、当時は様々の生産者の間で広く採用されていた除草剤や殺虫剤などの化学薬品を使用した栽培が、「ブドウに大きなダメージを与える可能性があり、ブドウ栽培には不適である」とドメーヌでは考え、栽培における各作業を一から見直すことにした。丁寧な畑仕事を行い、薬剤の散布は必要と認められる場合にのみその最低限度を使用することとし、恒常的な使用を中止。散布が認められている硫酸銅も徐々にその使用量を減らし、薬剤の散布についても、緊急の場合のみに限ることとした。
現当主であるフランソワ・ド・ニコライが2001年にドメーヌを継承してから、ワインの品質が飛躍的に向上する。まず栽培をビオディナミ農法に転換。2005年以降は全ての所有畑で自然なアプローチの栽培を行っており、除草剤や殺虫剤を一切使用せず、代わりに自然が持つ免疫力でこれに対応できるようになった。収量は自然と抑制され、人間の介在が必要なグリーンハーヴェストを行う必要は無い。地中深くにまで伸びた根が吸収する、各栄養物やミネラルなどによりワインが「自然さ」を持つ。他に類を見ないキメの細かさと複雑さを兼ね備えたワインを造りだす結果となった。

《醸造》
その醸造法はブルゴーニュにおける「新古典主義」ともいえる方法を採用している。伝統を最大限尊重しながらも、現代的醸造学のアドヴァンテージを活用し、より良い衛生管理を行うことでワインにピュアさをもたらす。赤ワインは、厳しい選果を行い、除梗をしないでコンクリートタンクもしくは開放桶へ。必要最小限のSO2以外の、補酸を含む一切の添加を行っていない。収穫されたブドウの温度が高い場合は、予期せぬ醗酵がおきないよう18度までゆっくりと冷却し、本来果実が持つ繊細なアロマを壊さないように注意している。数日後に醗酵が始まり、醗酵当初は毎日ルモンタージュを行い、次いでピジアージュを行う。定期的に全てのキュヴェの試飲を行いつつ、その温度や濃度をチェック。約15~20日後に発酵桶から澱引きを行うためにデキャンタージュし樽熟成へ。白ワインは、厳しい選果を行い、ブドウは直接圧搾され、48時間かけてデブルバージュ。フレッシュなアロマと複雑さを失わないよう、200L樽で22度を超えない温度で時間をかけ発酵し、その後樽熟成へ。赤ワイン、白ワインともに発酵後に地下のセラーへ移され、古樽を使用し澱とともに熟成。その間、各ワインの定期的な試飲と分析を行う。熟成の第1段階を終了すると、痛めないよう慎重に澱引きを行い、熟成の第2段階へ。これにより、無清澄・無濾過での瓶詰めが可能となり、テロワールがそのままワインに反映されることになる。樽熟成は第1段階と第2段階合わせて14~18ヶ月間。このような発酵・熟成を経たワインは真の長熟ワインとなり、年の経過ととも変化する素晴らしい姿を見せてくれる。

ヴォーヌ・ロマネで古くからワイン造りをしている「ミュニュレ」一族のドメーヌ、ジェラール・ミュニュレ

ヴォーヌ・ロマネで古くからワイン造りをしている「ミュニュレ」一族のドメーヌ ジェラール ミュニュレ。1900年にワイン造りを始めたと言われています。
1973年、先代のジェラールは、妻のフランソワーズとドメーヌを営み始め、コート ド ニュイに約8haの畑を所有。その人柄から熱心なファンを掴み生産量の70%を個人客へ販売するようになりました。
2005年に、エンジニアを勤めていたパスカル(ジェラールの息子)がドメーヌを引き継ぎ、先代のスタイルを誠実に守りながら、旺盛な好奇心から少しずつ新しいスタイルにもチャレンジしています。

2006年には除草剤の使用をやめ、2011年から本格的な有機栽培を始めました。ビオディナミのプレパラシオン(調合剤)を使用したり、天体や月の動きに従って栽培・醸造を行っています。
手摘み収穫の後、選果台で選果を行い、一部除梗(ブルゴーニュACは75~90%、村名は70~90%、プルミエ クリュ&グラン クリュは50~80%)し、区画の広さに合わせたコンクリートタンクにて発酵。発酵中にピジャージュを1~3回/日、ルモンタージュを1回/日行います。
熟成は樽で行っており、ブルゴーニュACは12~16ヶ月(新樽10~20%)、村名は14~18ヶ月(新樽20~30%)、プルミエ クリュ&グラン クリュは15~18ヶ月(新樽30~50%)熟成します。瓶詰めの前に軽くフィルターをかけます。

現代ワイン醸造の前駆者として才能を発揮した偉大な人物のドメーヌ、ジョゼフ・ロティ

ジュヴレ名門ドメーヌ。家名として1610年まで、ドメーヌとして1817年まで遡ります。歴史あるだけに多くの古木を有しこれだけで遺産的価値です。それに甘んじる事無く畑作業を重視し、摘葉や摘果を細かく行う等、多くの時間を割いています。

先々代のジョセフ・ロティは、80年代から90年代にかけての現代ワイン醸造の前駆者として才能を発揮した偉大な人物です。特にピノ・ノワールは、クロ・ドュ・フォントニ―、シャルム・シャンベルタンなどの素晴らしいジブレイのテロワールを見事に表現した奇跡的とも言える最高のワインを造り出し、ワインジャーナリストや批評家をはじめとする関係者から絶賛されました。

その一方で、極端なジャーナリスト嫌いとして知られていたジョセフ・ロティ。レミングトン・ノーマンが「The Great Domaines of Burgundy」というブルゴーニュの偉大なドメーヌについて書いた記事の中で、ジョセフ・ロティが彼の所有している畑の面積などについてのインタヴィーをすべて拒否した、というエピソードを記しています。彼曰く、「誰にも私の妻の年齢や、私の畑の面積を教えたりはしたくない。ワインの輸入業者は、私が億万長者だと思うだろうし、ワインがない理由は何か、と考えたりするに違いないから。」

そのためジョセフ・ロティのドメーヌについて、畑の面積、年間生産本数など、ほとんど知られていませんでした。彼のワインについて知りたければ、そのワインを飲むのが一番、というわけです。代が変わった今でも、自社のホームページもなく、多くを語ろうとはしないという特徴が受け継がれています。

厳格なリュット・レゾネで収穫は全て手作業。醸造法は伝統的なスタイル。上面開放タンクで温度管理を徹底し、手でピジャージュします。発酵は約3週間。最上のトロンセとヴォージュ産の樽を使用します。樽熟約18ヶ月。グラン・クリュを除き通常50%新樽使用、残りは1年樽使用。非清澄、非濾過。ドメーヌ・ロマネ・コンティと同じ選別機やプレス機等を導入し、より凝縮されたピュアな味わいを表現できるようになり、近年さらに評価を高めました。

驚くべきポテンシャルと複雑味溢れる香り、洗練され、しなやかさと力強さとを見事に調和させています。多くのワインジャーナリストが大変高い評価をしています。2015年10月、若くして急逝したフィリップ・ロティ氏の跡を継いだのは、弟のピエール・ジャン・ロティ氏。ドメーヌとして彼で12代目となります。フィリップはここ数年病に伏していた為、実質的には彼がドメーヌを任されておりその名声を高めていました。正式な後継者となった今、父と兄の意思を継ぎ、さらなる発展の為に意欲を燃やしています。

アンリ・ペロ=ミノとの分割相続により誕生したドメーヌ、トプノ・メルム

モレ・サン・ドニのドメーヌ・トプノ‐メルムは、コート・ド・ニュイ、コート・ド・ボーヌに13ヘクタールの畑を所有し19のアペラシオンのワインを生産しています。この名前が示すように、ある二人の結婚により誕生したもので、1963年にドゥニーズ・メルムがサン・ロマンのヴィニュロン、ジャン・トプノと結婚し、モレ・サン・ドニのアルマン・メルムを受け継ぎ始まりました。現在ドメーヌを支えているのは、彼らの娘・息子にあたる7代目のヴィルジニーと兄のロマンです。ヴィルジニーは、パリの経営学校を卒業後、東京、ニューヨークに滞在。その後南アフリカのワイナリーで見習いとして経験を積んだ後、ボーヌとディジョンの学校で本格的にワイン造りを学びます。そして金融の世界から戻ったロマンと共に新世代として新たな一歩を踏み出し、多くの改善をドメーヌにもたらしています。ヴィルジニーは広報活動や管理業務を主に担い、また2008年からは”Femmes et Vins de Bourgogne”(「ブルゴーニュの女性とワイン」、ワインメーカーの女性とワイナリーを運営する女性のための組織)の会長を務めるなど、ブルゴーニュワインのプロモーション活動にも力を注いでいます。1998年にドメーヌに戻った兄のロマンはボーヌの学校で栽培を学び、父のジャンに付いて経験を積みました。2001ヴィンテージからはロマンが栽培・醸造の責任を負っています。彼らの13ヘクタールの畑からは、シャルム・シャンベルタン、マゾワイエール・シャンベルタン、シャンボール・ミュジニー1級のレ・コンブ・ドルヴォーなど、このドメーヌを代表するワインが生み出されます。平均樹齢は35年、古いもので60年以上です。

2001年からは100%ビオロジックに転向。手摘みによる収穫と厳しい選別、すべてのキュヴェは100%除梗し醸造、温度管理機能付きのタンクで4、5日間冷却します(12-13℃)。天然酵母のみ使用し2~3週間醸造。新樽使用はヴィラージュとプルミエで20~30%、グランクリュでも40%ほどです。ピノ・ノワールの本来の個性を繊細でエレガントなものと捉えるトプノ・メルムのワインは、各パーセルごとのテロワールの性格を繊細で純粋に、かつ個性的に表しています。

コート・ド・ボーヌの畑 - トプノ家から相続したブドウ畑は、オーセイ・デュレス(ヴィラージュ)、オーセイ・デュレス・プルミエ・クリュ、そしてサン・ロマンの畑です。ロマンとヴィルジニーの祖父、つまりジャン・トプノの父であるルネ・トプノが1998年に亡くなった後、所有する畑はジャンの息子ピエールに譲渡されました。そしてその畑を2003年にジャン・トプノが買い戻しました。

コート・ド・ニュイの畑 - ロマンとヴィルジニーの母、ドゥニーズ・メルムは1963年にジャン・トプノと結婚。その後、モレ・サン・ドニのアルマン・メルムの畑が1973年、ドメーヌ・ぺロ・ミノとトプノ・メルムに分割相続され、トプノ・メルムの歴史が始まりました。アルマン・メルムは1760年生まれのニコラ・モリゾが土地を買い、ワイン造りを始めた歴史あるドメーヌです。トプノ・メルムはその後、独自にジュヴレ・シャンベルタン・プルミエ・クリュ・べレールなどを買い足し、ロマンとヴィルジニーの代になってからも1999年にニュイ・サン・ジョルジュ・プルミエ・クリュ・レ・プリュリエを購入しています。また、トプノ・メルムは実質モノポールのクロ・デ・ランブレの第二の所有者(0.043ヘクタール)でもあり年間200本ほど生産しています。