唯一無二、バローロの頂点、ピエモンテの記念碑のような存在、ジャコモ・コンテルノ

【2003  Barolo Cascina Francia – Giacomo Conterno】

ジャコモ・コンテルノの父ジョバンニが、San Giuseppe 村で、Barを開業。「ジャコモ・コンテルノ社」 のワイン・メーカーとしての歴史は、その店で提供する自家製ワインを造っていたことから始まる
その当時、ランゲ地区のみならずイタリアの一般的な慣習として、飲み屋やレストランの多くが、葡萄栽培農家から葡萄を買い付けて、自分の店でワインを造っていた。ワインの味は店の個性であり、飲み屋ごとに味わいも、ワインとしての品質の概念も異なっていた。ジョバンニとジャコモ親子は、店に通う常連客の舌に鍛えられながら、他の店との差別化のため、より高品質なワイン造りを志向するようになります。

1920年、父ジョバンニとともに造ったワインが商品化され、初めて世にリリースされます。当時ジャコモ・コンテルノ社は、全く個性の異なる2つの畑を所有していました。ランゲ地方の伝統に則り、2つの畑から生まれたバローロをアッサンブラージュ(調合)していたが、1920年、単一畑 ” MONFORTINO RISERVA ” を生み出して以降、その他の葡萄は、ノーマル・クラスのバローロやネッビオーロ用に回されることとなります。既にワイン生産者として知名度を上げていたジャコモは、ジョバンニとアルド、2人の息子のを授かります。ランゲの風習では、一世代おきに長男が名前を次ぐ事が多いそうです。後に兄弟はワインビジネスを家業とし、事業を継承していくことになります。

創始者の孫にあたるジョバンニは、父ジャコモをワイン造りの師と仰ぎながら、厳しい試練に耐えながらも技術を習得し、1959年に「ジャコモ・コンテルノ社」の醸造責任者となる。弟のアルドも父の教えに従い、また兄を助けながらワイン造りを学ぶ。しかしアルド自身は、その当時対等してきた新しい農業理論やテクノロジーを用いた、従来のやり方に捕らわれない柔軟な発想でのワイン造りに傾倒していく。1961年、ジャコモ・コンテルノ、醸造の最前線より勇退。実質上のセラーの運営は、ジョバンニとアルドの兄弟に委ねられます。1969年、ジョバンニとアルド兄弟は、それぞれ異なる道を歩み始めます。弟アルドは独立して自らのワイナリー、アルド・コンテルノを設立し、兄ジョバンニはジャコモ・コンテルノを継ぎます。そして現在、ジョバンニが他界した2004年以降は、息子のロベルトが継承しています。

ジャコモ・コンテルノのフラッグシップで唯一無二、バローロの頂点といっても過言ではない「モンフォルティーノ・リゼルヴァ」。1920年、それまで2か所に所有していたセッラルンガの畑の内、ひとつを単一畑として販売したことに始まる。長期熟成に耐えうる特別な葡萄が収穫できた年のみにしか生産されない 。リリース当初は、「モンフォルティーノ・リゼルヴァ」はスラヴォニアン・オーク(大樽)で10年間熟成を行なっていたが、収穫できる葡萄の品質が向上したのと、醸造技術の向上から、現在は7年間の熟成期間を経てリリースされている

【Barolo Cascina Francia】
1974年にモンフォルテに隣接するエリアの「カッシーナ・フランチャ」畑を購入。その畑から収穫されたネッビオーロで造っています。カッシーナ・フランチャは、大樽で4年間熟成。リゼルヴァ・クラスの「モンフォルティーノ」同様、セッラルンガのテロワールを表現している偉大なワインです。

品種:ネッビオーロ

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例外を許されているバローロの生きる歴史、ジュゼッペ・マスカレッロ

【2006  Barolo Monprivato – Giuseppe Mascarello】

伝統的なバローロと言えば必ず名前の挙がる造り手「ジュゼッペ・マスカレッロ」。彼等のワインは他のどの造り手のワインとも違う。
1881年、初代「ジュゼッペ・マスカレッロ」がモンフォルテ・ダルバで葡萄栽培農家を始めたのが始まり。『1904年に初代の息子ムリッツィオがモンプリヴァートを購入した。この畑のポテンシャルを知っていたが、彼の重要な葡萄はバルベーラだった』
1919年には「モンキエロ」の製氷所だった建物を購入、カンティーナに改装した。氷を貯蔵する倉庫だったので温度が低く保たれている。この温度の低さも彼等のワインに影響を与えている。『バローロの造り手はバローロのエリア内で醸造をしなくてはいけないという法律だが僕等は例外としてモンキエロでの醸造を許されている
1921年、「モンプリヴァート」にネッビオーロ「ミケ」が植樹され、この畑はバローロを代表する畑として神格化されていった。1967年、現当主「マウロ・マスカレッロ」が引き継いだ。現在、妻の「マリア・テレザ」、息子の「ジュゼッペ」と共にワイン造りを行っている。

「マウロ・マスカレッロ」は伝統的「ジュゼッペ・マスカレッロ」の歴史を次々に改革していった。1970年から畑毎の個性を重視し、アッサンブラージュを止め、単一畑の醸造を始める。1980年代はマセラシオンを30日まで短くし、ポンピング・オーバーを強めに行っていた。若いワインは良かったが熟成による深みに満足できなかった。『1990年代に入ると先代と同じ60日の長期マセラシオンに変更。ポンピング・オーバーを止めピシャージュに戻した』彼等のワインの最大の特徴である淡い色調は低い温度のカンティーナで、あまり果実を動かさずに発酵することで実現している。 果皮を必要最低限動かすことでバクテリアの繁殖を防ぎながら、低めの温度でゆっくり発酵する。これで過度な果皮からの抽出が起こらない。 発酵後半、温度上昇と共に色素は抽出され一瞬色調は濃くなるが、すぐに色素は落ちていく。『果皮を動かさないのでタンニン量は少なく良質のタンニンだけが残る。樽からのタンニンも無い。よって色素は安定せず落ちていく』 彼等にとって重要なのは色調ではなく、質の高いタンニンのみを残すこと。

彼等の周遊畑は歴史的に見ても重要な畑ばかりだが、やはり最も重要な畑は1904年に取得した「モンプリヴァート」。標高280mの南西向き斜面に広がるモノポール。凝灰質、泥灰質土壌に強い石灰質が含まれる。極端に痩せた土壌は表土が白い。1つ北のカヴァロットが周遊する「ブリッコ・ボスキス」はグレーがかった表土なので全く違う。『1666年、既にモンプリヴァートは偉大な畑として認定されていた。バローロの歴史上最も古い畑の1つであり、バローロの典型』「モンプリヴァート」は色々なクローンのネッビオーロが栽培されているが、毎年良い葡萄を付ける樹にリボンを結んでいき最良の樹を選んでいる。『リボンの付いた良い樹だけで造ったワインがカ・ディ・モリッシオ。骨格の大きさ、味わいの凝縮度。何をとっても1つ上のレベル』

品種:ネッビオーロ

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イタリアの偉大なワインで避けては通れない生産者、アルド・コンテルノ

【2005   Barolo – Aldo Conterno】

「王のワイン、ワインの王」と呼ばれるバローロ。多くの優 秀な生産者がひしめくが、アルド・コンテルノがその頂点にいることに異議を唱える評論家はいない。18世紀からの歴史を誇る名門ジャコモ・コンテルノの5代目として生まれた1969年、兄のジョヴァンニと衝突して独立し、ブッシアの畑を購入して、自らのワイナリーを開いた。 スラヴォニアン・オークの大樽で醸造するスタイルを貫き、ネッビオーロの精髄を表現した長期熟成タイプのバローロを造る。たっぷりと力強さと優雅さを備えた味わいは、バローロのみならず、イタリアワインの頂点に立つ生産者と言っても過言ではない。ブッシア地区に、ロミラスコ、チカラ、コロネッロの区画を有し、クリュのワインとして仕込まれる。バローロは複数の区画をブレンドして造られる。頂点に位置するのは、良作年にだけ造られるリセルバ・グランブッシア。3つの単一畑の最良のブドウで仕込まれる。大樽で3年間熟成される。世界中のバローロ愛好家が血眼になって探し求めるワインだ

アルドが2012年に亡くなった後は、フランコ、ステファーノ、ジャコモの3人の息子が後を継いだ。バローロのスタイルは不変だが、早くから楽しめるワインにも挑戦している。ステンレスタンクとバリックを併用するランゲ・ネッビオーロ・ イル・ファボットはその代表。ブッシア地区内の若樹から生産される。100%新樽のバリックで12か月間の熟成を経るシャルドネ・ブッシャドール・ランゲは、イタリアのモダンな白ワインの先駆けとなった。フレイザ主体のランゲ・ロッソ、早飲みのバルベーラ・ダルバも素晴らしい。ピエモンテの伝統的なワイン造りは守りながら、時代に合わせて、バリックやステンレスタンクを使って、幅を広げてきたアルド・コンテルノ。イタリアの偉大なワインとは何かを知る時に、避けては通れない生産者

品種:ネッビオーロ

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バローロ最良の姿の1つを具現化した現代バローロの雄、パオロ・スカヴィーノ

【2004  Barolo Carobric – Paolo Scavino】

カスティリオーネ・ファレットに当主、エンリコ・スカヴィーノの祖父、ロレンツォによって、”ロレンツォ・エ・パオロ・スカヴィーノ”として、1921年に設立された。
バローロの最良の姿の1つを具現化した現代バローロの雄として称賛され続けているパオロ・スカヴィーノ。エンリコの父パオロ、祖父ロレンツォの時代から、真摯にワイン造りに取り組んできた歴史あるワイナリーである。
新樽バリックやロータリー・ファーメンターなど新しい技術を率先して取り入れ、現代バローロを牽引してきたエンリコは、祖父や父を通してバローロの伝統を学び、極めてデリケートな葡萄、ネッビオーロと向き合う事に心血を注いできた。ネッビオーロの個性を追求し、一切妥協のない畑仕事を怠らず、優れた畑の個性を引き出し、バリックと大樽を併用するなど、弛まぬ努力と挑戦を重ねてきたが故に、現在の揺るがぬスカヴィーノの存在がある。
高い品質を保つために、1936年~1993年の間に4度、カンティーナの改築を行っている。
そして現在は醸造を学んだ娘エリザと共に、スカヴィーノならではの、緻密でありながら圧倒的な力強さと気品とを併せ持つワインを造りだしている

《娘エリザさんのインタビュー記事引用》
【バローロの歴史】
まずはバローロの歴史から説明します。少し長くなってしまいますが、ここを伝えないと全ての話が理解できないと思いますのでお話させてください。

・1200~1400年代 ネッビオーロで造る良質なワイン産地としての記録
・1495年 「バローロ」がワインの名前として初めて登場(ラモッラ村)
・1700年代 イギリスとの商取引で貨幣の代わりにバローロを使って支払うことができるなど、最高のワインとして認知されていた
・1800年代前半 バローロの侯爵ファッレッティ家に嫁いだ、仏貴族Juliette Colbert(ジュリエット・コルベール)夫人が、フランスの醸造技術を広め、ほぼ現在の形が完成した
・1921年 パオロ スカヴィーノ創業
・1951年 現当主エンリコ氏が10歳でワイン造りを開始

バローロは、15世紀から高品質なワインとして認知されていましたが、ものによっては残糖があって再発酵しているものや、不衛生から木の臭みがワインに移りクリーンさに欠けるものが多かったのも事実です。しかし、1800年代前半にジュリエット・コルベール夫人がフランスの知識をバローロに持ち込んだことにより、粗野だったワインがより貴族的になり、”残糖がなくドライ”なワインへと変貌していきました。

【スカヴィーノ家の歴史】
私達スカヴィーノ家は1900年代前半まではグリツァーネというバローロの端のエリアでワイン造りを行っていましたが、最高のブドウを求めて1921年、曾祖父ロレンツォの代にカスティリオーネ ファッレット村に3.5haの畑を購入し、移住しました。その後、祖父パオロと大伯父のアルフォンソ(本家アゼリアの当主ルイジ氏の父)がワイン造りを行っていくことになります。当時は半分を瓶詰、残りをバルク売りしていましたが、1960年代の終わりには100%を瓶詰するようになりました。ちなみに当時から現在まで自社畑以外のブドウは一切使ったことがありません。

父エンリコがワイン造りに従事するようになったのは1951年、10歳のときです。当時は第二次世界大戦後まもなく、貧困や飢饉にあえいだ時代で、ブドウ農家というのは人気がなく、職を求め畑を捨ててトリノへ出ていく人が増えたため過疎化が起こっていました。そしてご存じの通り、ジュリエット・コルベールの精神は失われバローロ全体の品質も低下していきます。そんな時勢でしたが父エンリコは祖父パオロがワインを造るのを見たり手伝ったりするのが大好きで、自分がワイン造りを継ぐということは自然なことと捉えていました。そして、それを喜んだ祖父パオロは父エンリコにワイン造りの全てを叩きこみました。

祖父パオロが父エンリコに教えたことは、「完璧なブドウしかセラーに持ち込まない」、「セラーは常に清潔に保つ」の二つでした。
10歳の父が好きだったのが、樽を綺麗に拭く作業。樽の中を水の色が透明になるまで洗い、祖母が綺麗にアイロンをかけた布で”樽の中でご飯が食べれるぐらい”綺麗にするということを教え込まれました。子供の身体がすっぽり入ってしまう大樽をいくつも拭くのは大変な作業ですが、畑仕事に比べればなんでもないことだと父は言います。

当時は間引き(グリーン・ハーヴェスト)など誰もやっていないことでしたが、祖父パオロは感覚的にそうした方が良いワインが出来ることを知っていた人でした。一粒でも傷んでいるブドウは房ごと落とすなど、”完璧なブドウ以外はセラーに持ち込むな”ということを徹底的に叩き込まれたそうです。熟成と酸素の関係も体験的に分かっていたようで、上澄みだけを移し替えるということも頻繁に行っていました。

様々な体験をした父エンリコが、「生涯でこれを超える感動はない」と語るのが、1950年代に初めてスカヴィーノ家にトラクターが届いたときのことです。 カスティリオーネ ファッレット以外にも畑を買い足し、いまでこそ30分もかからない距離ですが当時はブドウの運搬に馬や牛を使っていた時代で、離れた畑からカンティーナへブドウを運ぶのに2時間以上かかっていました。当然ブドウはその間に傷んでしまいます。トラクターはその頃はとても高価でほとんどの農家は所有していなかったのですが、ブドウを少しでも完璧な状態でワインにするよう購入に踏み切りました。まさに畑が近所にあるのと同じ効果を得ることができたのです。

「質量保存の法則」の通り、ブドウがワインになるまで、減ることはあっても増えることはありません。醸造はあくまで補助的なもので、大切なのはブドウ樹が正しく育つための地味な作業の連続です。私達がやっているのは現在も昔も、「いかにテロワールを損なわずワインに注ぎ込むか」ということだけなのです。

【Barolo Carobric】
パオロ・スカヴィーノが造る3つのクリュ・バローロである「カンヌビ」「ロッケ・デッランヌンツィアータ」「ブリック・デル・フィアスク」をブレンドし、3クリュの頭文字を集めて「カロブリック」と名付けられました。パオロ・スカヴィーノのバローロとしては最も新しく、1996年がファースト・ヴィンテージとなっています。

品種:ネッビオーロ

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モダン化ではなく、廃れていたランゲの復興、エリオ・アルターレ

【2004  Barolo – Elio Altare】

「エリオ」が成し遂げたのは「バローロ」のモダン化ではない。廃れていたランゲの復興だった。
転換点は1976年のブルゴーニュ視察。葡萄の質を高め、ボトリングまで行うことで仲買人による葡萄買取りシステムから脱却できることを学んだ。
当時は誰も導入していなかったグリーンハーヴェストや摘芯を導入したのもエリオだった』 収量を一般的な造り手の半分以下まで落とすことで、葡萄の質を高めていった。当時の他の造り手には、葡萄を切り落とす行為は受入れ難いものだった。 更に反対する父親の前で大樽をチェンソーで切り刻み、バリックを導入した。 『エリオは清潔でなかった大樽を捨てた。酸素コンタ クトによって、リリース当初から美味しいバローロを造りたいという強い信念があった。これが原因で父親とは死ぬまで仲直りできなかった』

【栽培】
エリオの名刺には VITICOLTORE(農民)と記されている。モダンというイメージだが、1979年より除草剤や殺虫剤、化学肥料は使っていない。『摘芯もカッターではなくハサミで切る。手で切ることで切り口が広がらない。切り口から病気になるので最小であるべき。昔、農民は皆知っていた』 当時としては短期間マセラシオンやバリックの導入は衝撃的だった。しかし、同時にエリオは農民のワインである事(自然な醸造)を重要視している。 『例えば酵母。自然派生産者も培養酵母を使用していることが多いが、エリオは自然酵母のみ』 発酵をスムーズに始める為に早めに収穫した葡萄の果皮に付着した自然酵母を培養し、各キュヴェの 発酵のスターターに使用している。酸化防止剤もビオロジックの規定より圧倒的に少ない

【醸造】
大きな特徴が超短期間のマセラシオン。「カヴァロット」の30日に対して彼等は4日間。 『ロータリーファーメンターの目的は強い抽出ではない。15分に1回程度ゆっくり回転させることで、果帽が常時ワインに浸かっている状態にすること』 早く回転させれば強い抽出が可能だが、ゆっくり回転させている。強い抽出ではなく、果帽を常に浸けておくことが目的。質の高いタンニンだけを取り出す。
4日のマセラシオンでもアルコール発酵がスムーズに進めば、アルコールが媒介となってアントシアニン等も早く安定する』 早い回転で抽出しなくてもアルコールがスムーズに生成されれば、アルコールが媒介となって色素は安定する。マセラシオンが短くても色合いは十分。

品種:ネッビオーロ

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