2012 ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ カステッリ・マルティノッツィ

【2012 Brunello di Montalcino – Castelli Martinozzi】

>> マルティノッツィについて


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東京都港区麻布十番2-3-6
FLEG麻布十番primo 3F
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自然に対しての謙虚な心が産み出すブルネッロ、サリクッティ

【2008  Brunello di Montalcino Piaggione – Salicutti】

ブルネッロの畑に囲まれ、日々をワイン造りに捧げるフランチェスコ氏。ブドウ樹が深く根をはるようにしっかり地面を掘り下げ、肥料はミルクがビオに認定されているモンタルチーノの牛の堆肥を使用します。畑の畝には、15種類ほどの草花の種をまき、ブドウ樹と競争させ、刈り取られた後は土のミネラル分を補う役目となるのです。醸造は2003年から自然酵母を使用。最新の醸造設備をそろえているわけではなく、有名なエノロゴを雇っているわけではありません彼のワイン造りは「ワインを生み出してくれる自然に対しての謙虚な心」のもと行っているだけなのです

オーナーのフランチェスコ氏の人柄をひとことで表現するならば、「生真面目で控えめな農夫、そしてチャーミングな紳士」という言葉が良く合います。そんな彼の人柄は人々を魅了し惹きつけます。また、ワイン造りにおける謙虚で生真面目な姿勢とワインの魅力に引き寄せられ、彼の門をたたく造り手も少なくありません。「サン・ジュゼッペ」のステッラ・ディ・カンパルトもその一人です。

彼のワインの最大の特徴が 「瓶熟成で飛躍的に素晴らしく成長を遂げる」ということ。それ故、その年のワイン・コンクールなどへの出展にはあまり気が進まないといいます。彼は「出荷されるまで」ではなく、「その後ゆっくりと瓶の中で熟成を遂げる」ワインを見ているのです。数あるブルネッロの中でもしっかりとした特色をもった数少ない造り手の一つとして揺るぎ無い地位を築いているサリクッティ。

【Brunello di Montalcino Piaggione】
醗酵:ステンレス・タンク(天然酵母にて)/主醗酵後、ステンレス・タンクにてマロ・ラクティック醗酵
熟成:オーク樽熟成 36カ月(500L?4000L)/12カ月を500Lと1000Lで熟成、その後2000Lで12カ月、4000Lで12カ月熟成/瓶熟成 8カ月以上

品種:サンジョベーゼ 100%

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小樽を用いる現代的なブルネッロで人気の生産者、シロ・パチェンティ

【1999  Brunello di Montalcino – Siro Pacenti】

蔵元で瓶詰めをスタートした1988年からガンベロ・ロッソでトレ・ヴィッキエーリを獲得し、話題の的になったモンタルチーノの造り手といえば、「シロ・パチェンティ」です。現当主のジャンカルロ・パチェンティ氏は、自身が本格的にワイン造りの道に入るにあたってボルドー大学醸造学科に入学し、そこでイヴ・グロリエ教授によるボルドー品種をベースにした醸造法「グロリエ・メソッド」を学んだそうですが、このお国違いの醸造法を自らの地でサンジョヴェーゼに応用させられたあたりが、ジャンカルロ氏の力量だと言えるのではないでしょうか。

22haのブドウ畑にはサンジョヴェーゼのみが植えられており、そのうち10%の畑のブドウ樹は、5年ごとに植え替えられるといいます。また、ほとんどのブドウは樹齢20年以上のものであり、全体のほぼ半分の面積である10haの畑には、樹齢30年を超える樹が植えられています。

ラベンダーの香りが漂う小道を登って辿り着くパチェンティのセラーには、「ブドウの品質を完璧に保つため」に誂えられた醸造用設備が並び、熟成庫はミニマルかつ技術的にしっかりと整備された状態になっています。

【Brunello di Montalcino】
ブルネッロ・ディ・モンタルチーノは年間約30,000ボトル生産されており、熟成はフレンチ・バリックにて24ヶ月。

品種:ブルネッロ

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モンタルチーノで初めての単一畑ワイン、ヴァルディカーヴァ

【2003  Brunello di Montalcino Riserva Madonna del Piano – Valdicava】

オーナーのヴィンチェンツォ・アブルッチェーゼ氏は、ワインの品質向上のためには労を惜しまず、最善の策を探求する完璧主義者として知られています。1960年代、ブルネロ・ディ・モンタルチーノがまだ無名であった時代から、最高のワイン造りに向けて努力を重ねてきた、ブルネロの歴史の中で非常に重要な役割を果たしてきたカンティーナの一つです。モンタルチーノにおいて、ワイン発展に尽力するグループ、コンソルツィオ・デル・ヴィーノ・ブルネロ・ディ・モンタルチーノの創立メンバーでもあります。現在では250を超えるめんばーのコンソルツィオにあって、設立時から常に要職を務めるモンタルチーノのリーダーとして、なくてはならない存在となっています。

ワイナリーはモンタルチーノの丘の北東に位置し、造っているのはロッソ・ディ・モンタルチーノ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・マドンナ・デル・ピアーノの三種類のみ。畑はなだらかな南西向きの斜面でトスカーナ特有のガレストロ(泥灰土でトスカーナの優良畑に多い)、砂質、泥灰質が混じり合い、熱の保温力にも長けた潜在能力の高い土壌。ヴァルディカーヴァのテロワールの特徴は、昼夜の大きな温度差と、午前と午後で向きの変わる風。この自然環境により葡萄に厚みをもたらし、ワインに複雑味を与えている。エノロゴにはガヤやサン・ジュスト・ア・レンテンナーノなどに携わった名手、アッティリオ・パーリを起用し、近年の評価はさらなる飛躍を遂げている。

【Brunello di Montalcino Riserva Madonna del Piano】
畑の区画は全部で10ヶ所に分かれています。そのうち、マドンナ・デル・ピアーノは、5.5haの単一畑ですが、最良のワインを産出するために、実際にはわずか2.5haのヴィーニャ・ヴェッキオ(30年以上の老木)のみが使われます。モンタルチーノで初めての単一畑ワインです

品種:ブルネッロ

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1960年代の初頭まで秘密にされたブルネッロ、コンティ・コスタンティ

【1999  Brunello di Montalcino – Conti Costanti】

コスタンティの名前は、シエナが発祥の地であり、今日でもシエナ大学の学長のアパートメントにコスタンティの紋章が所蔵してあります。(コスタンティのブドウ畑にも紋章のレプリカが置いてあり、今日でも見ることができます。)  現在のワイナリーのオーナーの先祖は、1506年には大学の学長でした。
シエナのコスタンティ家は、1555年から1559年までモンタルチーノの土地で戦われた、最後のシエナの独立戦争の立役者となった242のファミリーの内の一つで、1559年にスペインに降伏し、シエナ共和国の歴史が終わりを告げたにもかかわらず、ファミリーはモンタルチーノの土地に執着しつづけ、広大なモンタルチーノの所有地にとどまることを決めたのでした。 一つの初期の逸話によると、16世紀にマルコ・アントニオ・コスタンティは、自分の愛する共和国のために戦うことに疲れたため、モンタルチーノの赤ワインで毎日顔を洗い、顔に血色の良さと活力を取り戻し、戦いに向かう人々を安心させたと言われています。

数世紀の後、クレシェンツィオとカルロのコスタンティ兄弟は、他の共和国・ヴェネツィアと戦い、二人の勇気によりファミリーは1711年に伯爵の称号を得ました。その後の世代は自分たちの土地で、自由な仕事・平和な事業を行いました。コスタンティの所有地は Colle al Matrichese(現在のワイナリーのある中心地)のファミリーの元々の土地から、シエナ周辺のCastle of Bibbiano、Sovignanoに移りました。現在の所有者であるアンドレアは所有地の恵みを“merits and marriages” と考え、それによりファミリーは常にモンタルチーノ で最も高い階級に位置づけられています。

17世紀の中頃、別のクレシェンツィオ・コスタンティはブドウ栽培の仕事を非常に真剣に考えました。急な勾配の石の多いヒルサイドの土壌を掘り起こしながら、彼はもっと良いワインができることを確信しました。またクレシェンツィオはエトゥルスキの人工遺物を沢山発見しました。彼の発見はモンタルチーノの歴史に光をあてるのに重要な役割を果たし、クレシェンツィオは優秀なブドウ栽培者と“考古学者”という2つの名声を手にしました。

もう一人のコスタンティ家の有名人は、ティト・コスタンティで、彼は弁護士でありブドウ栽培者でした。彼のBrunelloは現在のDOCGとDOCを予見していました。彼はBrunello for Montalcino redという名前を使 った最初の人々のうちの一人であるだけでなく、ワインを造った方法は、現在のものとほとんど変わりがないものでした。私たちはティトの1865と1869ヴィンテージを記録しています。彼は1870年のシエナのワインショーに両ヴィンテージを出展し、それらは今日のBrunelloとRosso di Montalcinoの紛れもない先駆者でした。 何世代の後も、コスタンティは(その名の通り、イタリア語では「不変の・一定の」という意味ですが、)モンタルチーノの素晴らしさを父から息子へと受け継いでいます。

コスタンティ家は、トスカーナ地方の世界遺産として有名な町 “シエナ” の名家です。1711年にワイン生産者として創業し、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノを語る上では欠かせないワイナリーのひとつとして知られています
ですが、コスタンティのBrunelloは、1960年代の初頭まで秘密にされ、オーナーの友人や家族の間だけでしか出まわっていませんでした。それを医者でありブドウ栽培者であるエミリオ・コスタンティ伯爵が、座長を務めるロータリークラブのシークレットテーブルでコスタンティのワインが出回ることを許しました
最初の“公の”ヴィンテージがリリースされ、ワイナリーのポテンシャルが最大化した後、エミリオ・コスタンティは古いシエナのファミリーでたった一人の末裔である、当時まだ大学の地質学科を卒業したばかりでワイン業界では何もバックグラウンドのない、アンドレア・コスタンティを探し出しました。アンドレアは1983年に、歴史的に名高い伯爵の相続人・後継者に指名され、すぐにエミリオの信頼が正しいことを証明しました。
彼は新しい莫大な責務をうまく果たしただけでなく、偉大なBrunelloを造るというファミリーの評判を高めたのでした。
モンタルチーノ特有の昼は暖かく夜は冷涼な微気候、標高310~440mにあるガレストロ土壌という恵まれた環境の中、伝統的な大樽を使用し良質なブルネッロ・ワインを生み出しています。

品種:サンジョヴェーゼ・グロッソ

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