飲み頃を迎えるまで出荷しないこだわりの生産者、ヒースフィールド・リッジ

1994年設立の家族経営小規模ドメーヌです。生産されるワインは全て所有する138haの畑のぶどうのみを使用。良い区画、良いぶどうのみを厳しく選定するため生産量は少ないですが、丁寧に造られるワインは驚くほど品質が高く、大手ワイナリーが特に多い南オーストラリアでは稀有な造り手です。

畑の半分はOVOA(Organic Vignerons of Australia)の認証を受け、ビオディナミ農法も一部採用しています。生産されるワインは全てシングルヴィンヤードのぶどうを使い、テロワールの個性を最大限に引き出しています。

赤ぶどう品種はテラ・ロッサを多く含む区画で栽培され、強くしかし繊細でエレガントなワインになります。白ぶどう品種は、ライムストーン(石灰岩層)から得る豊富なミネラル分、そして豊かな酸が優れたバランスのワインを産みます。

また、消費者の手元に届いてすぐに楽しんでもらえるよう、飲み頃を迎えるまで出荷しないというこだわりの生産者です。

「世界中で賞賛されるワインづくり」に励むべく設立されたワイナリー、ハーディーズ

1853年、ハーディー社は当時23歳だったトーマス・ハーディーが「世界中で賞賛されるワインづくり」に励むべく設立されました。南オーストラリア州アデレードを流れるトーレンス川沿いのバンクサイド・ワイナリーから、今や世界80ヵ国以上の人々に愛されるワイナリーへと成長し、長年にわたり品質に優れ、一貫した味わいの価値あるワインづくりを追求しています。

当初は家族や友人に振る舞うためのみに造られていたワイン、ヘンチキ

ヘンチキ家ワイン醸造の歴史は、多くのシレジア人同様、宗教的しがらみからの解放を求め、故郷を捨て1841年にドイツから南オーストラリアへと移住したヨハン・クリスチャン・ヘンチキによって1862年にキーントンの多様な畑に造られた小さなブドウ畑にさかのぼります。 当初は家族や友人に振る舞うためのみに造られていたワインも市場のニーズを受け、1868年以降一般販売されています。

ヘンチキ家では各世代がヘンチキの発展に貢献し、4代目のシリル・ヘンチキはブレンドワインやフォーティファイドが流行していた時代に、あえて品種豊かな単一畑を開拓しました。赤ワインの可能性を十分詰め込んだエデン・ヴァレーのシラーズ、ヒル・オブ・グレースとマウント・エーデルストーンを1950年代に造ったことは彼の素晴らしい功績です

現在、5代目当主でありワインメーカーのステファン・ヘンチキと妻でありブドウ栽培家のプルーの二人を主導に、ヘンチキ家ブランド維持と発展に従事しています。彼らの素晴らしい能力はヘンチキファンを魅了して止みません。

ヘンチキは最高級の単一畑にこだわった自慢のポートフォリオを揃えています。“素晴らしいワインは素晴らしい畑から”という考えに基づき、エデン・ヴァレー、バロッサ・ヴァレーとアデレード・ヒルズの地域から最高なブドウを選出しています。現在、6代目と共に、オーガニックやバイオダイナミックの理論に基づき、先祖が残した畑をより豊かなものにし、後世のワイン造りをより良いものにする計画など、今後も様々な発展が期待されています。

オーストラリアで最大最古の家族経営ワイナリー、サンダルフォード

1840年提督ジョン・セプティマス・ロウによりカバシャムのスワンリバー沿いに創立されました。彼は父親が教区牧師をしていたバークシャーの修道院の名にちなみサンダルフォードと名付けました。1972年、ボルドーに酷似した気候のマーガレットリバーに主要なブドウ畑を開拓し、このブドウ畑は今やこの地区はオーストラリアで最も品質の高いブドウが栽培できる場所の一つである事を、世界的に認識させるに至りました。1989年、サンダルフォードは、マウントバーカー周辺にあるブドウ畑からも果実を購入する契約を結び、西オーストラリア州で主要な3品種を造る地域から、特に質の高いブドウを調達するという計画が完成しました。サンダルフォードは現在西オーストラリアで最大最古の家族経営のワイナリーとなりました。経営者であるピーター&デボラ・プレンディビルは600万ドルを投じ、ワイナリーとブドウ畑の再開発に積極的に関わり、ボルドーのシャトーモンバジャックでワインメイキングの経験を持つポール・ボールデンを、チーフワインメーカーとして迎え世界的に高い評価を得るに至りました。今日サンダルフォードはワイン生産者としてのみならず、ワイナリーツアー施設の先駆者ともなっています。

食、ワイン、音楽がグッドライフの三本柱、スリー・ピラーズ

南オーストラリアラングホーンクリークに位置する2010年設立のワイナリーです。スリー ピラーズは人生を楽しむには、「食」 「ワイン」「音楽」の3つが三本柱となり、グッドライフを築くという信念をもっています。 ザ グルメは三本柱のうちの「食」の柱として、大切な友人や家族と共に美味しい食と楽しむ単一品種シリーズです。ワインメーカーピーター・ポラード氏は、若い頃からバロッサにある親族のワイナリーでワインに出会い、ワインの道へ進みました。アデレード大学醸造学科在学中にはピーター・レーマンでワイン造りに携わり 2001年には、当時のシメオンワインとソノマのガイザーピークでそれぞれ半年ほど契約ワインメーカーとして修業をつみ、その後、ラングホーンクリークワイナリーでアシスタントワインメーカーとして入社し、2002年ヴィンテージから携わりました。2010年からは、スリー ピラーズのシニアワインメーカーとして活躍しています。

オーストラリアでもっとも古い家族経営の会社の一つ、プランタジェネット

英国からの移民であるトニー・スミスは1968年に最初の作付けが行われた後、英国王室に由来する名であるプランタジェネットワイナリーを1974年に創立。ファーストヴィンテージ以来、エレガントで繊細なワインを市場に送り続け、その間に数多くの受賞に輝いています。

最初にワイナリー用に購入したのはリンゴのパッキング用の小屋でしたが、少しずつ設備を整え現在では最新の機器を揃えたワイナリーとなっています。ヴィンヤードは1980年代後半より拡大し続け、マウントバーカー南のロッキーホラーヴィンヤードを、そして1999年には町の西側にロセッタヴィンヤードを造りました。

2000年オーストラリアでもっとも古い家族経営の会社の一つであり、ワインとスピリッツの卸業者でもあるライオネルサムソンアンドサンに株の売却をした折、トニーは会長職に就き、2007年ヴィンテージよりケープメンテルにて21年ワインメイキングをしていたジョン・デュラムを迎えました。クラシックでありながらも、新しい息吹を蓄えたワイン造りを目指す彼の活躍は目覚ましく“ピノの悲劇”と呼ばれていたピノ・ノワールさえも、冷涼な地域特性を生かし完全なワインを作り上げました。

オーストラリアで最も権威ある賞“ジミー・ワトソン賞”を受賞したワイナリー、ジェフ・メリル

アデレードでワイン造りを学んだジェフ・メリルはセペルトで働いた後、南アフリカ、ヨーロッパでワイン造りを経験し、1975年オーストラリアのシャトーレイネラのワインメーカーとして帰国しました。1982年シャトーレイネラがトーマス・ハーディー社に購入された後も、ハーディ社のワインコンサルタントをし続けハーディ社をカルトワインから高品質のテーブルワインまで幅広いワイナリーに育てました。1985年イギリス人モスティ・オーウェンにより1897年に造られた歴史あるワイナリーを購入し自らのブランドを立ち上げました。

ジェフ・メリルは常にワイン造りは土地、ブドウの品種の特徴、ヴィンテージを大切にし、過度な人の介入をしない事をモットーとし、樽及び出荷前のボトル内の“熟成”を重要視しています。
ロゴの天秤は「すぐれたワインは“果実味”“タンニン”“酸”“樽熟成”の全てのバランスによる」という彼のポリシーを表しています。2005年にはオーストラリアで最も権威ある賞“ジミー・ワトソン賞”を受賞しその地位をゆるぎないものとしました。ジェフ・メリルのプレミアムレッドワインはおおむね収穫より3年以上してリリースされます。