NV ポール・ダンジャン キュヴェ・ジャン・バティスト

【NV Paul Dangin & Fils – Cuvee Jean Baptiste】

現当主、ジャン=バティスト・ダンジャン氏の名前を冠した新たなキュヴェです。レストランで、料理と合わせてサーヴされる事を考えて作られた1本。
ピノ・ノワールのみを使用したブラン・ド・ノワールは、適度なボリュームも感じるため、魚介料理、肉料理ともよく合います。
セパージュ:ピノ・ノワール100%
瓶内熟成期間:30か月以上

>> ポール・ダンジャンについて


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東京都港区麻布十番2-3-6
FLEG麻布十番primo 3F
TEL : 03-6435-3987
Instagram:https://www.instagram.com/azabu_bar_groom/
FB : http://www.facebook.com/Bar.groom
食べログ : http://tabelog.com/tokyo/A1307/A130702/13124112/
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グラン・マーキー(最高級シャンパン協会)が設立されて以来の最古の会員、ドゥーツ

シャンパーニュ・ドゥッツ社は、1838年に創立。「 Association of Grandes Marques (アソシエーション・グラン・マーキー)」の最古のメンバーで、確固としたドゥッツ独自のスタイル、調和された完璧なフィネスと複雑味を持ったシャンパーニュメゾンです。

その歴史は、1838年、ウイリアム・ドゥッツとピエール・ユベール・ゲルデルマンの二人が、ピノ・ノワールの聖地アイ村で、シャンパーニュを造ったことに始まります。1860年後半より、2代目ルネ・ドゥッツとアルフレッド・ゲルデルマンが指揮を執り、 海外マーケットへ進出、イギリス、ドイツ、ロシアへと販路を広げていきました。 それ以来、長らく家族経営を続けながら、高級シャンパーニュメゾンの地位を守ってきました。1996年、CEOにファブリス・ロセ氏が就任、歴史あるこのメゾンの積極的な設備投資を行い、さらにその地位を揺るぎないものとしています。独自のスタイルを貫くため、安定したブドウの供給を必要としたウィリアム・ドゥッツは、自ら望むレベルに相応しいブドウ畑を求めました。一族は、一区画づつ少量ながらも徐々に広げ、世代を超え、土地を増やしていきます。ドゥッツ社が現在所有している、メニル・シュール・オジェ村、シャティヨン・シュール・マルヌ村、アイ村などの葡萄畑は、地道に得られたものです。

1972年、アンドレ・ラリエ氏が経営者となった時には、メゾンを受け継ぐとともに、「優れた最新の先進技術をもったワイナリー」、「平均97%という格付に評価されるブドウ畑」、「優れたワインとして世界で絶賛されている独特のスタイルという定評」をも受け継ぐこととなるのです。「シャンパーニュ・ドゥッツは、過去から来たシャンパーニュでは決してありません。主役となる素材も大きく進歩しています。今日、ブドウは健康状態がより良くなり、温度調節されたステンレスタンクで醸造され、酸化などを一切回避しています。」と、アンドレ・ラリエ氏によって始められた品質管理は今も変わらず厳しく行われています。
探求は現在も変わらず続き、伝統と技術を癒合させ、気品あるシャンパーニュを創り出し、時代を超えたドゥッツ・スタイルを築いているのです。

ピノ・ムニエのパイオニア的生産者、クリストフ・ミニョン

若きシャンパーニュ生産者クリストフ・ミニョン氏はマルヌ渓谷の中央部南側フェスタニーの地に6haの自社葡萄園を所有するRM(レコルタン・マニピュラン:葡萄生産者元詰め)畑の4/5は最高の栽培条件の南西向き斜面に位置する。

ビオ・ディナミ(有機自然栽培)を実践し、ピュアなテロワールの味わいを表現したシャンパンを作り出す。彼の造る葡萄はこの地区の他の生産者に比べ、例年アルコール度数にして1%高い原料ワインを生み出す。一般的に重厚さに欠けると評価されるピノム・ニエを主体に、実に堂々とした骨格を感じさせる味わいのシャンパンを生み出す。

ビオディナミで育てられた葡萄は収穫後一回4,000kgのブーファ型搾汁機で軽く絞り、畑ごとに醸造できるサイズの異なるステンレスタンクで一次発酵を行なう。 自社のシャンパンにはキュヴェの部分のみ使用。ボトルの状態で26ヶ月熟成させ、手作業のルミアージュ。出荷が確定してからデコルジュマン。
エクストラ・ブリュットのドサージュは3g/L。ミニョンはトロワジェームでも7g/Lと少ないが原料ワインが充分に味わいを持っているため余分な甘さを必要としない

栄光のシルリー・ムスーを再現したシャンパン、フランソワ・スコンデ

モンターニュ・ド・ランスの小さいがシャンパーニュの歴史に欠かせない重要なグラン・クリュ、シルリー村。現存する唯一シルリー産100%のシャンパーニュを手掛ける孤高のドメーヌです。17~18世紀にかけて、シルリー伯爵が売り出した当地の赤ワインが都で多大な成功を収めた事で、シャンパーニュ地方の発泡性ワインは当時「シルリー・ムスー」と呼ばれ、100haにも満たないこの小さな特級村の大部分が現在の大手メゾンの所有となりました。1972年の設立以来、栄光のシルリー・ムスーを単身で再現させたフランソワ・スコンデは、情熱を胸に秘めた寡黙で無骨な大男で典型的なシャンプノワの風情です。

涼しげな果実味、酸、繊細な泡立ちがどれも突出することなく、見事に調和された球体の様なフィネス溢れるシャンパーニュを産み出し、RMの弱点といわれるロット毎のブレがないとの定評があります。

最新の空気圧搾機を利用してピュアな搾汁を得た後、発酵。滑らかなタッチを与えるよう、全てのキュヴェでマロラクティック発酵を行い、ヴァン・ド・レゼルヴを30%使用しています。ドサージュは少なく、最終的に瓶内に残る糖度は6g(多い年で8g)となっています。

シャルドネが醸すフィネスを表現する生産者、ピエール・ジモネ

ピエール・ジモネはシャンパーニュの中心地、ランス近郊で18世紀からぶどうを栽培するメーカーです。1730年からコート・ド・ブラン地区Cuis(キュイ)村で葡萄栽培を開始し、1936年よりぶどう栽培、醸造、瓶詰め、販売まで一貫して行うレコルタン・マニピュランとして、シャンパーニュを生産し始めました。合計26ヘクタールの畑を所有し、14ヘクタールをキュイに、12ヘクタールをクラマンに所有しています。

シャルドネ100%で造られるシャンパンは濃密で力強さを持ちながら繊細さも備えた味わいが特徴です。醗酵から熟成までのあらゆる段階で厳格きわまる基準を貫くことによって、フィネスを閉じ込めた素晴らしいシャンパンが出来上がります。最高の畑から収穫されたぶどうはピュアな果汁だけを使用し、低温で長時間に渡り1次醗酵が行われます。澱からくる独特の香りを最小限に抑え、果実そのものの豊かな香りを出す為に、2次醗酵は瓶の口を下に向けて行われます。
徹底した少量生産と発酵、熟成で厳格な基準を貫くことで、ピエール・ジモネのシャンパーニュは6ブランド全てにおいて、ジモネ最大の特徴であるフィネスを感じる事ができます。フランス・ワイン専門誌La Revue de Vins de Franceで5つ星の評価を受けています。元々はフランス国内で80%以上が消費され国外では稀少なシャンパンです。

【スペシャル クラブ シャンパンとは】
スペシャル クラブ シャンパンとは、有力RM生産者が加盟するClub Tresors de Champagne(クラブ・トレゾール・ド・シャンパーニュ)で、それぞれの土地の個性を表現した優れた年のヴィンテージ・シャンパーニュのみを対象に、最低3年以上の瓶熟成を義務づけ、瓶詰め前と発売前に委員会とエノロジストによる試飲検査に合格したもののみ販売が認められ、重厚感ある特別ボトル・エチケットにて統一されて売り出されるシャンパンのこと。

【クラブ・トレゾール・ド・シャンパーニュとは】
クラブ・トレゾール・ド・シャンパーニュとは、テロワールを美しく表現した高品質のシャンパーニュ造りに情熱を注ぐRMが結集し、1971年に設立した組織です。

樽の力を借りず、果実とテロワールで表現されたシャンパン、ガストン・シケ

シャンパーニュ地方のレコルタン・マニュピランであるガストン・シケは、この地方最高の造り手の一人に数えられるようになりました。莫大な数の小規模生産者がいるこの地方で高名になれたのは、ひとえに所有者であるシケ兄妹(アントワーヌとニコラ)の手腕にあります。
ディジーという興味深い名前の村に居を構えるこの一家が、最初にブドウを植えたのは1746年のことでしたが、シャンパーニュを生産することはなく、大手のネゴシアンにブドウを販売していました。シケ兄妹(フェルディナンとガストン)が意を決して自分たちのラベルで瓶詰めを開始したのは1935年のことでした。

【栽培】
本拠地出るディジーの他、アイ、マレイユ・シュル・アイ、オーヴィレに合わせて23haを所有。シャルドネ(40%)、ピノ・ムニエ(40%)、ピノ・ノワール(20%)が栽培されています。ガストン・シケの収量は近隣の生産者よりも少しばかり少なく見えます。これはガストン・シケの畑の大部分は未だにマサル・セレクションが占め、古木のブドウを多く所有している事と高収量のクローンが少ない事に起因しているとニコラは語ります。

【醸造】
醸造に樽は使わず、マロラクティック発酵を行うのがシケのスタイルです。マロラクティック発酵を行う事でリンゴ酸を減らすだけでなく、デコルジュの際のドサージュを減らす事が出来ると考えています。

筋金入りの自然派生産者のシャンパン、ブルーノ・ミッシェル

シャンパーニュは世界的に有名な商品なので、もともと引く手あまたで販売に困ることはなく、わざわざ手間のかかるビオ農法でやろうとは思わないのです。加えてフランスのなかでも最北端の非常に寒い地域ということで、ブドウの病害の心配も多々あり、とてもビオを実践するには厳しい環境下であることは事実です。でもそういうところにも志高く素晴らしいワインづくりに取り組んでいる醸造家は沢山いるのです。

ブルノ・ミシェルは、シャンパーニュ地方ヴァレー・ド・ラ・マルヌ地区エペルネ近郊のPierry村に位置するレコルタン・マニピュラン。実家は同じくシャンパーニュの「ジョゼ・ミシェル」で、現在こちらは彼のお父様からお兄様達が受け継いでいますが、ビオではありません。ブルノが実家の家業におさまらなかったのは、小さい時から森の中を歩きまわったり、自然が大好きな少年でしたので、子供心ながら「僕は父とも兄とも違うんだ!」という思いがあったそうです。そしてブドウ苗木の栽培家として自身のキャリアをスタートさせました。シャンパーニュ地方は畑を見つけるのがとても難しい土地です。更にたとえ見つかったとしても、その値段はとんでもなく高額なはずです。なかなか新しくワイナリーを立ち上げるのは難しい土地柄ですが、彼の苗木栽培家という職業が幸いして、そういう情報をいち早くキャッチできる立場にありました。

1982年によい畑を借りることのできるチャンスが転がりこみ、以降は苗木栽培家とシャンパーニュづくり半々生活にはいります。少しずつシャンパー ニュづくりの比重を増やし、1997年に10haの規模となったところでいよいよシャンパーニュづくりに専念することを決意。しかし今も彼の畑の苗木だけは彼が全部栽培をしたものです。今では12haの自社畑に、ピノムニエ(45%)、シャルドネ(40%)、ピノノワール(15%)が植わっています。

また、筋金入りの自然派生産者で、醸造コンサルタントのエルヴェ・ジェスタンとは醸造学校からの仲良しで、 今までも話し合いながらワインを造ってきたそうです。現在は、エルヴェ・ジェスタンを正式にコンサルタントとして迎え入れビオに移行しています。