古よりモンタルチーノに君臨する上品なブルネッロ、リジーニ

古より代々モンタルチーノの地で暮らしてきたリジーニ家。
その歴史は古く、長い年月の中で脈々と受け継がれてきたワイナリーは、今では「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」のトップ・ワイナリーの一つとして君臨しています。長い歴史の中で「知識」と「経験」を積み重ねてきた、日進月歩のワイナリーであり、決して派手な取組はないですが、小さくとも大変な作業を積み重ねて、今の名声があります。

その経営方針をもつワイナリーの品質は、名エノロゴのフランコ・ベルナベイの知識・技術を受け継いだ醸造責任者のフィリッポ・パオレッティという優秀なスタッフが支えており、最新の近代的な技術・施設を使用しつつも、伝統を重んじ流行にとらわれることなくワイン造りは行われています。過去の栄光に驕らず、時流に身を任せることもなく、伝統と品格に誇りを持ち、自分のスタイルを貫く。そのワインには凛とした風格が存在しています。

今や、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノのトップワイナリーの一つに君臨するリジーニ。その醸造の全てを任されているのが、醸造責任者のフィリッポ・パオレッティ氏です。ワイナリーの中にある家に住み、畑の全てを把握しているといっても過言ではありません。とにかくワイナリーとサンジョヴェーゼ種を愛した熱い人物です。
近代的な醸造施設を使用しつつも伝統を重んじ、流行を追いません。
ワイナリーのオーナー兼、責任者であるのロレンツォ・リジーニ氏は『商売や利益よりも、とにかく品質が一番。それを守っていれば、消費者には必ず分かってもらえると思います』と語ります。彼らの品質への高い拘りがリジー二のワインを支えています。

歴史は古く、1846年にキャンティ地区に畑を持っていたロドヴィコ・リジーニ氏と、モンタルチーノのフランチェスカ・クレメンティ氏が結婚することで新生リジーニ家が生まれたことまで分かっています。しかしながらそれ以前のルーツに関しては謎につつまれておりリジー二家の人たちでさえわからないと言います。
リジー二家の家紋には二つのシンボルが刻まれており家紋の左側はクレメンティ家、右側はリジー二家を表しておりラベルにもデザインされています。
1846年のロドヴィコとフランチェスカの結婚の後、2世代が経った1900年代初頭のこと。ワイン文化がまだ盛んでなかったモンタルチーノの土地にキャンティ地区からの技術やアイデアをその時のリジーニ家当主が持ち込んだことにより、リジーニ家がモンタルチーノでのワイン造りを始めることとなります。
その後、1967年にブルネッロ・ディ・モンタルチーノ協会が設立されますが協会を設立したのはリジーニを含めた12の生産者と言われています。
今ではモンタルチーノの地区はブランド化され、250以上の生産者がいますが100年以上に亘り、この地でワインを造り続けるリジー二。ブルネッロ・ディ・モンタルチーノとしてトップワイナリーの一つに君臨しています。

家族の夢が詰まったバローロ、クリッサンテ・アレッサンドリア

クリッサンテ・アレッサンドリアは、イタリアのピエモンテ州・クーネオにあるラ・モッラで誕生したワイナリーです。丘陵地であるバローロの頂付近にあるラ・モッラは、理想的なネッビオーロやバルベーラ、ドルチェットが栽培されている土地として知られています。バローロ5大産地のひとつに選ばれているこの地でクリッサンテ・アレッサンドリアは、それぞれのブドウ品種の個性を大切にする、自然と調和したワインの生産を続けています。

三大ボルゲリと呼ばれるスーパー・タスカンの一つ、オルネライア

サッシカイア、グラッタマッコに並び、三大ボルゲリと呼ばれる「オルネライア」。フィレンツェの名門アンティノリが生み出した、スーパータスカンです。

ボルゲリと言えば、スーパー・タスカンの聖地とも言える場所。
かつてこのボルゲリの一帯を統治していた、ゲラルデスカ侯爵家に男系の跡取りがいなくなり、当時の当主であったジュゼッペ氏の二人の娘がアンティノリ家とインチーザ・デッラ・ロケッタ家に嫁ぎました。インチーザ・デッラ・ロケッタ家は、ボルドーを使用した元祖スーパータスカン「サッシカイア」を、一方、「ソライア」や「ティニャネロ」を造ったアンティノリ家は「オルネライア」を生み出します。つまり、サッシカイアとオルネッライアは血縁関係にあり、設立当初は、サッシカイアからオルネライアへワイン造りのアドバイスも行われていたと言います。

オルネライア社は1981年、アンティノリ家の当主ピエロ・アンティノリ氏の弟にあたる、ロドヴィコ・アンティノリ氏によって設立されました。ロドヴィコ氏は、ワインのセールスのために繰り返しカリフォルニアを訪れており、カリフォルニアでのワイン造りを考え移住します。そこでカリフォルニアワイン造りの重鎮アンドレア・チェリチェフ氏に会い、「ボルゲリは、ボルドー右岸ポムロルやサン・テミリオンの土壌に、カリフォルニアの気候を備えた素晴らしいテロワール」だと教えられます。故郷ボルゲリの可能性に気付いたロドヴィコ氏は、母から受け継いだボルゲリの土地へ戻ることとなりました。

受け継いだ土地は、沖積土や火山性土および海底土が混じり合った独特の土壌で、水はけと空気の循環が良く、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、メルロ、プティ・ヴェルドといった国際品種の栽培に適していました。土壌により合う品種として、ボルドー品種の樹を植樹し、オルネライアが誕生しました。

収穫は、全て手摘みで行っています。
ぶどうを丹念に選別し、独自の個性を表現できるよう各区画ごとに別々に醸造を行っています。収量を抑え、細心の注意を払われて生み出されたワインは、世界屈指のワインとして数々の賞を受賞。2001年にはワインスペクテイター誌にてTHE TOP 100 WINESにて第1位を獲得し、世界有数ワインメーカーとしての地位を不動のものにしました。

2005年からは、トスカーナの名門フレスコバルディ家が形成するテヌータ・ディ・トスカーナの傘下となっており、 現在も世界中で高く評価されています。

伝統派だが、革新的なバローロ、G.D.ヴァイラ

ネッビオーロ種の魅力をわかりやすく伝える事を主眼としているようなワイン。
ブルゴーニュワインと印象がかぶるのも面白い。

現当主「アルド・ヴァイラ」と「ミレーナ」は穏やかでピエモンテは勿論、他の産地の造り手からも慕われる人格者。醸造や栽培の経験を若い世代に伝えることにも力を入れていている。 現在は息子の「ジュゼッペ」が醸造を担当。「イシドロ」が栽培担当としてカンティーナに参加し、家族経営を続けている。
「アルド」の父はワイン造りを仕事とせず、アルバで働いていた。「アルド」は醸造学校を卒業後、お爺さんが所有していた僅か0.3haの畑と樽の鉄枠だけを相続してワイン造りを開始する。
『転機は不況下の 1986年。雹害で全ての畑が壊滅的な被害を受けた。多くの造り手が廃業したが、僕は借金をして畑を買い増した』この判断で「アルド」はバローロ村の重要な畑「ブリック・ヴィオーレ」「フォッサーティ」「レ・コステ」等最良の畑ばかりを所有している

彼等はワインが美味しいのは当然と考える。その上で安全で清潔でなくてはいけない。そして、美しいものでなければならない。『リンゴジュースを飲めばリンゴの味。他の味は必要ない。バローロを飲めばネッビオーロの味だ。樽由来 の甘味、タンニン、香は必要ない』 タンク内で全ての葡萄が一斉に発酵を始めることが重要。ジュースの部分は酸化とバクテリアに侵され、 葡萄以外の香が出てしまう。彼等のバローロは均整の取れた酒質素直にフルーツを感じさせる熟成と共に妖艶さを増していくが、ネッビオーロらしさは薄れない。『僕等は伝統派だが、革新的でありたい。だから毎年100種以上の発酵を行い、最適の発酵を試している。醸造は毎年変わる』 ネッビオーロはカベルネやメルローと違い果汁自体に「アントシアニン」を含まない。 『香味成分は果皮に多い。だからフォラトゥーラ(櫂入れ)が大切。櫂入れで果皮にアルコールが染み香味成分を抽出する』 高樹齢の葡萄は小粒なので果皮比率が高い。高樹齢であれば過度な抽出は粗さをだしてしまう。櫂入れも半分程度で果帽をぬらす程度。強く動かしてはいけない。
「ブリッコ・デッレ・ヴィオーレ」は樹齢50年を超える。 マセラシオンは25日間と長いが、櫂入れは他のバローロの半分程度となっている。『ブリッコ・デッレ・ヴィオーレはミケとランピアだけの50年樹。寒い畑なので名前の通りスミレの香が出る。強く櫂入れすると繊細な香は消えてしまう』

大樽熟成にこだわった卓越したバルバレスコ、アドリアーノ

ピエモンテ州はネッビオーロ品種の聖地であるランゲ地区アルバのサン・ロッコ・セーノ・ディ・エルヴィオ村に位置しており、ワイナリー名にもなっていますAdriano(アドリアーノ)家が運営するファミリーワイナリー。
現在の当主マルコとヴィットリオ兄弟の祖父にあたるジュセッペ・アドリアーノが1900年代前半からワイン造りを始めましたが、その当時は借地ブドウ畑のみでした。その後少しずつ畑を購入、1994年 Az.Ag.Adriano農業会社として登記、現在ではトータル22haの自社畑のみから、一切の化学薬品を使用せず年間トータルで約12万本のワインを造っています

スロヴェニア産の大樽熟成にこだわったバルバレスコの中でも、コストパフォーマンスにおいて非常に卓越した商品です。「SLOW WINE 2011」にてVINO SLOW(クオリティの高いワインであることはもちろん、その土地や歴史などをうまくあらわしているワイン。)として「バルバレスコ バザリン2007」が選ばれています。また最近カンティーナを新しくしており、ワイナリーで使用する電力は太陽電池にて賄っています

南南東向きで傾斜40度の急斜面の素晴らしいクリュ・バザリンの畑(標高:約300m)にてバルバレスコ・バザリン、バザリン・リゼルヴァに使用する葡萄を収穫(傾斜がキツイので横向きに樹を植えています。リゼルヴァには斜面の中腹の部分の葡萄を使用)。午前中に日照のピークがあり、午後の日差しが強い時間にピークが来ないので葡萄が過度の日照で焼けず、健全に生育します。

ネッビオーロの語源の一つといわれているバルバレスコ、ペリッセロ

華やかな花の香りと熟した果実味は、飲み慣れてない方にも楽しんでもらえそうです。

この土地でブドウ栽培を始めた創業者は収穫したほとんどのブドウを大きな醸造元へ売っていました。時代の移り変わりと共に少しずつ自らの手で醸造を始め1960年初めてペリッセロの名でボトリングしました。
現在は創業者の孫であるジョルジョ・ペリッセロがオーナー兼醸造責任者を務め、全てのブドウを自社セラーでボトリングまで行っています。クーネオ県トレイゾに所有する約20ヘクタールの自社畑ではバルベラとドルチェット、そしてバルバレスコに使用するネッビオーロを中心に、いくつかのピエモンテの土着品種を栽培しています。

「Nubiola=ヌビオラ」は、13世紀のある書物に、“最高のワインを造るための黒ぶどうの一種『ヌビオーラ』…”という記述があったことから命名され、ネッビオーロの語源の一つといわれています。

注)「ネッビオーロ」命名の説にはもうひとつあって、成熟したブドウの粒の果皮に白い粉状のものが見られることから、まるで「ネッビア=霧」に覆われているようだ、ということから。ちなみに、こちらの説のほうが有力。

バローロのパイオニア的生産者、ザナッシ

1864年よりワイン造りを始め、バローロがワインとして世に出たほぼ同時期から造り始めており、バローロのパイオニア的生産者と言われ、現当主のクラウディオ・フェノッキオ氏は5世代目にあたります。2012年10月より、ジャコモ・フェノッキオとは別のプロジェクトとして「テヌータ・ザナッシ」を発売しました。
彼らは全て自社畑からのブドウでワインを造っており、モンフォルテ・ディ・アルバ村のCru Bussiaはバローロ地区の中でも最高のグランクリュの一つと言われています。
昨今の新進バローロ生産者が色素濃く、柔らかいワインを造る為、強制的にフェノール類抽出を可能にするロータリーファーメーター、またバリック(小樽)を使用していますが、彼らは伝統的な長いマセラシオン醗酵と大樽熟成にて、偉大なクリュから一切の化学薬品を使用せずワインを造っています
バローロのパイオニア的な生産者が造る、模範的かつ圧倒的なコストパフォーマンスのバローロです。